いみ じき 意味。 沙石集いみじき成敗品詞分解

徒然草 現代語訳つき朗読|第五十四段 御室に、いみじき児のありけるを、

いみ じき 意味

「いみじくも」の語源は? 「いみじくも」は、 古語の「いみじ」の 連用形「いみじく」と係助詞の「も」 から成り立っています。 「いみじ」は、「忌み」が語源 となっています。 「忌み」は、• 「穢れを避けて慎む」• 「死・不浄などはばかりある事」 という意味があります。 「忌」という漢字には、 ほとんどの人が負のイメージを 持つと思いますが、 「忌」には 「清浄の忌」「穢れの忌」 があります。 「忌み」を語源としている「いみじ」にも、 否定的な意味• ひどい• 恐ろしい• 悲しい 肯定的な意味• 嬉しい• 素晴らしい という合いが混在しています。 これは、「忌」という意味に 「清浄」と「穢れ」 の2つの面がある事と 関係していると考えられます。 「いみじ」には、その他にも 度合いが大きい事を表す意味• はなはだしい• 並々でない もあります。 これは死や不浄のものを畏怖する気持ちや その非日常的な状態を表す表現が 変化したものと考えられます。 しかし、時代が進み長く使われる間に 「いみじ」の意味が変わっていきます。 負のイメージが強い「忌」 という漢字を使わない事で、 負のイメージがなくなったために、 次第に否定的な意味で 使われる事がなくなり 肯定的な意味で使われる事が多くなります。 こうした経緯で、 「いみじくも」は肯定的な意味だけで 使われる事になりました。 古い言葉や正しい意味を知って 大切にする事は良い事です。 しかし、時代の流れとともに、 言葉の意味が変わるのは いつの時代も変わりません。 現在でも、「やばい」が元々の 「危ない」などの否定的な意味だけでなく 「凄い」などの肯定的な意味でも 使われるようになっています。 正しい意味にこだわるだけではなく、 相手にわかりやすい言葉を使いましょう。 また、 同じ「いみじ」を語源としていて、 現在も使われる「いみじき」 という言葉をご存知でしょうか?.

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「いみじくも」の意味は?語源も徹底解説!

いみ じき 意味

食物などを他人から貰い乞う行為,またそのことによって生活を営む人をいう。 仏教語の〈乞食 こつじき 〉が転じて用いられたもの。 仏教では托鉢 たくはつ して食を乞い受ける〈乞食行〉は,解脱 げだつ を求める出家修行者がなすべきもっとも基本的な修行の一つである。 〈こつじき〉がいずれの時点で〈つ〉音の脱落した〈こじき〉となったかは,はっきりしないが,院政期の成立で鎌倉中期の書写になる《古本説話集》には,〈雪きえたらばこそ,いでてこじきをもせめ……〉とある。 また,の修行以外の〈乞食〉の例としては,早く《万葉集》に《乞食者詠二首》とみえ,この〈乞食者〉は〈ほかひひと〉と訓まれただろうと考えられている。 〈ほかひ〉は〈ほく(祝く・寿く)〉に基づく語で,2首の内容からも古く寿祝芸能をもって仕えた何らかの芸能者集団の存在が想定される。 市などの人の集まる場や人家の門口で種々の芸能を奉仕し,食物や金銭を得る行為は,歴史的にも地域的にも広く確認でき,この〈ほかひひと〉はそれらに連なるものと考えられる。 また古く〈こじき〉をいう語に〈かたゐ〉があるが,〈ほかいひと〉と〈かたい〉とは重なりつつも別概念であったかと思われ,〈かたい〉は〈ま〉に対する〈かた〉を語源とし,もともとから身体障害性と結び付いた概念であったらしい。 〈かたい〉の用例は《日本霊異記》など古代の文献に広く見られるが,やがて身体障害性のもっとも高いと考えられたハンセン病の患者(〈癩者〉)に特徴的に使用されるようになった。 〈こじき〉の排除・隔離が格段にすすむ近代以前には,〈こじき〉の語は,物を乞うという共通項の上にたって,以上の諸人・諸集団をはじめ,広く,托鉢勧進の宗教者や門付 かどづけ 芸人,さらには旅の行商人をも含めて用いられることもあった。 〈こじき〉という営みは,世界のさまざまな文化に存在し,そのあり方は,宗教と深くかかわりつつ,贈与と施し,定住者と漂泊民,富と貧困の関係についての,それぞれの文化の意味づけを担って多様に変遷してきたものと思われる。 煙突掃除人,,遍歴楽師,陶工,煉瓦工なども共同体構成員になれない存在であり,特に遍歴芸人のような放浪者は定住民の共同体成員からは怖れられ,賤視される存在であったが,彼らも,土,火,水などとかかわる点で共同体にとって不可欠なものでありながら,他面で危険なエレメントと深くかかわる存在として怖れと賤視の対象とされたのである。 狭義の共同体Mikrokosmosとその外に広がる世界Makrokosmosとの狭間に生きる以上の人々の仕事は共同体が成立する以前においてはまだ職業として確立していたわけではなかった。 … 【漂泊民】より …おのずとそれは,人間とその社会,歴史をとらえるさいの二つの対立した見方,立場にもなりうる。 例えば定住的な農業民にとって,漂泊・遍歴する人々は異人,〈まれひと〉,神であるとともに乞食であり,定住民は畏敬と侮蔑,歓待と畏怖との混合した心態をもって漂泊民に接したといわれるが,逆に漂泊・遍歴する狩猟・漁労民,遊牧民,商人等にとって,定住民の社会は旅宿の場であるとともに,交易,ときに略奪の対象でもあった。 また農業民にとっては田畠等の耕地が生活の基礎であったのに対し,狩猟・漁労民,商人等にとっては山野河海,,等がその生活の舞台だったのである。 出典| 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について.

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沙石集いみじき成敗品詞分解

いみ じき 意味

第五十四段 御室に、いみじき児のありけるを、• 御室に、いみじき児(ちご)のありけるを、いかでさそひ出(いだ)して遊ばんとたくむ法師どもありて、能あるあそび法師どもなどかたらひて、風流の破子(わりご)やうのもの、ねんごろに営み出でて、箱風情の物にしたため入れて、双 ならび の岡の便よき所に埋みおきて、紅葉散らしかけなど、思ひよらぬさまして、御所へ参りて、児(ちご)をそそのかし出でにけり。 うれしと思ひて、ここかしこ遊びめぐりて、ありつる苔のむしろに並(な)みゐて、「いたうこそこうじにたれ」、「あはれ紅葉をたかん人もがな」、「験(げん)あらん僧達、祈り試みられよ」など言ひしろひて、埋みつる木のもとに向きて、数珠(ずず)おしすり、印ことごとしく結び出でなどして、いらなくふるまひて、木の葉をかきのけたれど、つやつや物も見えず。 所の違ひたるにやとて、掘らぬ所もなく山をあされどもなかりけり。 埋みけるを人の見おきて、御所へまゐりたる間(ま)に盗めるなりけり。 法師ども、言の葉なくて、聞きにくくいさかひ、腹立ちて帰りにけり。 あまりに興あらんとする事は、必ずあいなきものなり。 口語訳 仁和寺に、すばらしい児(ちご)があったのを、どうにかして誘い出して遊ぼうとたくらむ法師たちがあって、芸の達者な遊行僧たちなどを仲間に引き入れて、優美な破子のようなものを、心をこめて作り上げて、箱のような物に調え収めて、双の岡の都合のいい所に埋めておいて、紅葉を散りかけたりして、人に気づかれないようにしておいて、仁和寺の法親王の御所に参って、稚児をさそって外出した。 うれしく思って、ここあそこと遊びめぐって、前もって仕掛けをした、苔がむしろのように広がっている所に並び座って、 「ああすごく疲れた」 「風流に紅葉をたく人がほしいなあ」 「霊験ある僧達よ、祈り試されよ」 など言い合って、宝を埋めていた木のもとで向かい合って、数珠をすり、印を大げさに結び出しなどして、大仰にふるまって、木の葉をかきのけたけれど、まったく物も見えない。 場所が違ったのかと、掘らない所はもう無いというくらい、山を探索したが、無かった。 埋めているのを人が見ておいて、御所へ参上した間に盗んだのだった。 法師たちは言葉もなくて、聞き苦しく言い合い、腹を立てて帰ってしまった。 あまりに面白くしようとすると、必ず面白くない結果になるものだ。 宇多法皇が仁和寺内に設けた御所の名から、後には仁和寺そのものを指すようになった。 南北に三つの丘が連なり、それぞれ「一の丘」「二の丘」「三の丘」という。 和歌によく見られる表現。 疲れた。 悟りの内容を象徴する。

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