両親 へ の 手紙 例文。 結婚式で花嫁が両親へ贈る手紙の書き方!例文10選

義理の両親への手紙の書き方は?良い印象を与える手紙の書き方

両親 へ の 手紙 例文

お父さん、お母さん28年間本当にありがとうございます。 お母さんから花嫁の手紙だけはやめてと言われていたけど、何も伝えられないまま家を出たのがどうしても嫌だったので、今日は内緒で書きました。 言いたい放題、やりたい放題で過ごしてきた私ですが、心の中ではいつも感謝していました。 なかなか口に出してお礼を言えなくてごめんなさい。 お父さん、今日は花嫁姿を見せることができて幸せです。 しかし、あいさつに行って結婚の話をすると、「大事に大事に育ててきた娘だから、幸せにしてください」と快く送り出してくれました。 私はあらためて深い愛情に包まれて育ってきたのだと感じました。 (中略) お母さん、学生の頃は心配も迷惑も散々掛けましたね。 全く優等生ではなかった私ですが、お母さんはいつも味方になってくれました。 受験のときや大学で悩んだ時期、社会人になって悩んだこともありましたが、いつも私が答えを出すまで、辛抱強く耳を傾けてくれました。 のんびりで頑固な私の性格を理解して、待っていてくれたのですね。 ありがとう。 お父さんとお母さんの娘に生まれて本当に良かったと思います。 2人は、私の自慢の両親です。 最後に、私たちふたりの新しい門出を、こんなにもたくさんの方々に祝っていただけたこと、とても幸せに思います。 本当にありがとうございました。 卒花 voice パパ、ママ、今日は皆さまの前ですが、気持ちが伝わるようにいつも通りパパ・ママと呼ばせてください。 今日まで24年間、ありがとうございました。 ここで伝えきれないくらい感謝の気持ちでいっぱいです。 私は3姉妹の末っ子で一番わがままで心配を掛けたね。 でもそんな私を見捨てずいつも見守ってくれたね。 パパはずっと男の子が欲しかったみたいだけど、3人目も女の子でちょっとがっかりしたかな? でも私は、娘として一緒にバージンロードを歩くことができて、本当に幸せです。 (中略) それからママ。 せっかく私を大学に行かせてくれたのに、「やめたい」とか「行きたい学部じゃなかった」とか言って困らせたよね。 自分の進む道に自信が持てず、ママのせいにしていました。 でもおかげで大切な友達に出会え、いろんな経験ができて、今は大学に行って本当に良かったって思っているよ。 そのときは気付くことができず、反抗してごめんね。 (中略) 大好きなお姉ちゃん、ゆきちゃん もう1人の姉 、いつも私のことを見守り、助けてくれてありがとう。 榎本家の三女に生まれてとっても幸せです。 離れていても、どんなことがあっても、家族のことを大切に思っています。 そして紘章さんのお母さん、初めてお会いした時から温かく迎えてくださり、ありがとうございます。 まだ至らないところが多い私ですが、紘章さんを支えていけるよう頑張ります。 最後に、お集まりいただきました皆さま、本日は本当にありがとうございました。 今後ともよろしくお願いします。 卒花 voice お父さん、お母さん。 今日の良き日を無事に迎えられたのは、2人が私を大切に育て、支えてくれたおかげです。 (中略) お父さんは頑固者ですが、困っている人を見ると放っておけない、優しく律義な性格です。 小さい頃はアスレチックやプールによく連れて行ってくれましたね。 分からない宿題を教えてくれたり、困ったときにはいつでも力になってくれる優しいお父さんでした。 細かく言うタイプではないけれど、間違ったことをするときちんと注意をしてくれ、いつも一生懸命に仕事や趣味に取り組んでいる背中を見て、私も頑張ろうと思っていました。 お母さんは私のしつけ担当ですね。 特に振る舞いについては毎日のように注意をされ、口うるさく思ったこともありましたが、年を重ねるにつれ、「家で教えてもらって良かった」と思うことが何度もありました。 (中略)中でも25歳になったとき、自立のために1人暮らしをと家を出されましたが、やってみて得られた経験もたくさんあり、今では本当に感謝をしています。 毎日の食事や家のこともきちんとしていて、いつも前向きで明るく楽しいお母さんを超えられる日は来ないのかもしれませんが、大きな目標として私も頑張っていきたいと思います。 今までお世話になりっ放しでしたが、これからは少しでも親孝行ができるよう努力しますので、2人とも健康に気を付けて元気でいてください。 私は、2人にもらった「優しい思いやり」の気持ちを忘れずに、明るい家庭を築いていきたいと思います。 卒花 voice お父さん、お母さん、今日この日を迎えることができたのは、34年間、大切に育ててくれたおかげです。 今までの感謝の気持ちを込めて手紙を読みます。 家族のために毎日働き、家族思いの優しいお父さん。 「こんな良いお父さんおらんで」とよく自分でも言っていますが、本当にその通り、世界一のお父さんだと思います。 (中略)高校受験に失敗して泣いていたとき、仕事を辞めたくて悩んでいたとき、自分に自信がなくて落ち込んでいたとき、いつもそばで支えてくれてありがとう。 お母さん、反抗期のときには散々困らせてごめんなさい。 (中略)お母さんが病気で倒れ、自分で家事をしてみて、初めてお母さんの大変さが分かりました。 仕事をしながら、毎日掃除や洗濯、ご飯を作ってくれてありがとう。 当たり前に思っていた日常が、お母さんに支えられていたことを実感しました。 体が不自由になり、もどかしいことも多いと思いますが、親孝行するので、お母さんの目標である100歳まで長生きしてね。 お母さんがいてくれるだけで私は幸せです。 私のことを温かく迎えてくださり、ありがとうございます。 初めて家へ行ったとき、楽しくて温かい家庭だなぁと感じました。 (中略)まだまだ未熟で至らないところもたくさんあると思いますが、これから末永くよろしくお願いします。 卒花 voice お父さん、お母さん、今まで大事に育ててくれてありがとう。 お父さんは昔から単身赴任をしていて週末しか家に帰って来られず、月曜日の朝、起きたらお父さんがいないのが寂しかったことを覚えています。 そんな中、お父さんはいつも私の進む道をそっと応援してくれていましたね。 知らない間に部活の試合を見にきてくれていたり、受験で有名なお守りを買ってきてくれたり、私が1人暮らしを始めてからは、近くに出張があると必ず差し入れをしてくれました。 お母さん、本当にわがままな娘でたくさん心配、苦労、迷惑も掛けました。 たくさんケンカもしたけれど、私の目標や夢はいつも全力で応援してくれていたね。 高校の部活で血のにじむような努力をし、最後の大会に挑んだものの、あとわずかで目標に手が届かなかったときのことを覚えていますか? 悔しくて、お母さんの顔を見た途端に泣き出した私に、「ここまでやれるなんてすごいよ。 頑張ったね」と抱きしめてくれたよね。 あのぬくもりは一生忘れられないと思います。 私の次の夢は、お母さんのような愛をたっぷり注ぐ母になり、温かい家庭を築いていくことです。 これからも、ずっと見守っていてください。 卒花 voice 子どもが3人、育児に家事にきっとイライラすることだってたくさんあったはずなのに、いつもニコニコ笑顔で、大声で怒ったことなんて一度もありませんでしたね。 30になっても甘えてばかりの私ですが、少しでもお母さんに近付けるように頑張ります。 働き者のお母さん、あまり無理をせず、いつまでも元気でかわいいお母さんでいてくださいね。 お父さん、お母さん、私は2人の子どもに生まれたことを誇りに思います。 30年間本当にありがとうございました。 突然、「子どもができました、結婚します」と現れた私を、何も言わず温かく受け入れて、実の娘のようにかわいがってくださり、ありがとうございます。 将来、自分の子どもが私のような嫁を連れてきたら、私はどうするだろうと思うと、ただ感謝の言葉しか浮かびません。 まだまだ至らない点も多い私ですが、これからも末長くよろしくお願いします。 卒花 voice.

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【花嫁の手紙 ほぼ全文載せ】卒花さんから学ぼう!花嫁の手紙「実例集」|ゼクシィ

両親 へ の 手紙 例文

お父さん、お母さん28年間本当にありがとうございます。 お母さんから花嫁の手紙だけはやめてと言われていたけど、何も伝えられないまま家を出たのがどうしても嫌だったので、今日は内緒で書きました。 言いたい放題、やりたい放題で過ごしてきた私ですが、心の中ではいつも感謝していました。 なかなか口に出してお礼を言えなくてごめんなさい。 お父さん、今日は花嫁姿を見せることができて幸せです。 しかし、あいさつに行って結婚の話をすると、「大事に大事に育ててきた娘だから、幸せにしてください」と快く送り出してくれました。 私はあらためて深い愛情に包まれて育ってきたのだと感じました。 (中略) お母さん、学生の頃は心配も迷惑も散々掛けましたね。 全く優等生ではなかった私ですが、お母さんはいつも味方になってくれました。 受験のときや大学で悩んだ時期、社会人になって悩んだこともありましたが、いつも私が答えを出すまで、辛抱強く耳を傾けてくれました。 のんびりで頑固な私の性格を理解して、待っていてくれたのですね。 ありがとう。 お父さんとお母さんの娘に生まれて本当に良かったと思います。 2人は、私の自慢の両親です。 最後に、私たちふたりの新しい門出を、こんなにもたくさんの方々に祝っていただけたこと、とても幸せに思います。 本当にありがとうございました。 卒花 voice パパ、ママ、今日は皆さまの前ですが、気持ちが伝わるようにいつも通りパパ・ママと呼ばせてください。 今日まで24年間、ありがとうございました。 ここで伝えきれないくらい感謝の気持ちでいっぱいです。 私は3姉妹の末っ子で一番わがままで心配を掛けたね。 でもそんな私を見捨てずいつも見守ってくれたね。 パパはずっと男の子が欲しかったみたいだけど、3人目も女の子でちょっとがっかりしたかな? でも私は、娘として一緒にバージンロードを歩くことができて、本当に幸せです。 (中略) それからママ。 せっかく私を大学に行かせてくれたのに、「やめたい」とか「行きたい学部じゃなかった」とか言って困らせたよね。 自分の進む道に自信が持てず、ママのせいにしていました。 でもおかげで大切な友達に出会え、いろんな経験ができて、今は大学に行って本当に良かったって思っているよ。 そのときは気付くことができず、反抗してごめんね。 (中略) 大好きなお姉ちゃん、ゆきちゃん もう1人の姉 、いつも私のことを見守り、助けてくれてありがとう。 榎本家の三女に生まれてとっても幸せです。 離れていても、どんなことがあっても、家族のことを大切に思っています。 そして紘章さんのお母さん、初めてお会いした時から温かく迎えてくださり、ありがとうございます。 まだ至らないところが多い私ですが、紘章さんを支えていけるよう頑張ります。 最後に、お集まりいただきました皆さま、本日は本当にありがとうございました。 今後ともよろしくお願いします。 卒花 voice お父さん、お母さん。 今日の良き日を無事に迎えられたのは、2人が私を大切に育て、支えてくれたおかげです。 (中略) お父さんは頑固者ですが、困っている人を見ると放っておけない、優しく律義な性格です。 小さい頃はアスレチックやプールによく連れて行ってくれましたね。 分からない宿題を教えてくれたり、困ったときにはいつでも力になってくれる優しいお父さんでした。 細かく言うタイプではないけれど、間違ったことをするときちんと注意をしてくれ、いつも一生懸命に仕事や趣味に取り組んでいる背中を見て、私も頑張ろうと思っていました。 お母さんは私のしつけ担当ですね。 特に振る舞いについては毎日のように注意をされ、口うるさく思ったこともありましたが、年を重ねるにつれ、「家で教えてもらって良かった」と思うことが何度もありました。 (中略)中でも25歳になったとき、自立のために1人暮らしをと家を出されましたが、やってみて得られた経験もたくさんあり、今では本当に感謝をしています。 毎日の食事や家のこともきちんとしていて、いつも前向きで明るく楽しいお母さんを超えられる日は来ないのかもしれませんが、大きな目標として私も頑張っていきたいと思います。 今までお世話になりっ放しでしたが、これからは少しでも親孝行ができるよう努力しますので、2人とも健康に気を付けて元気でいてください。 私は、2人にもらった「優しい思いやり」の気持ちを忘れずに、明るい家庭を築いていきたいと思います。 卒花 voice お父さん、お母さん、今日この日を迎えることができたのは、34年間、大切に育ててくれたおかげです。 今までの感謝の気持ちを込めて手紙を読みます。 家族のために毎日働き、家族思いの優しいお父さん。 「こんな良いお父さんおらんで」とよく自分でも言っていますが、本当にその通り、世界一のお父さんだと思います。 (中略)高校受験に失敗して泣いていたとき、仕事を辞めたくて悩んでいたとき、自分に自信がなくて落ち込んでいたとき、いつもそばで支えてくれてありがとう。 お母さん、反抗期のときには散々困らせてごめんなさい。 (中略)お母さんが病気で倒れ、自分で家事をしてみて、初めてお母さんの大変さが分かりました。 仕事をしながら、毎日掃除や洗濯、ご飯を作ってくれてありがとう。 当たり前に思っていた日常が、お母さんに支えられていたことを実感しました。 体が不自由になり、もどかしいことも多いと思いますが、親孝行するので、お母さんの目標である100歳まで長生きしてね。 お母さんがいてくれるだけで私は幸せです。 私のことを温かく迎えてくださり、ありがとうございます。 初めて家へ行ったとき、楽しくて温かい家庭だなぁと感じました。 (中略)まだまだ未熟で至らないところもたくさんあると思いますが、これから末永くよろしくお願いします。 卒花 voice お父さん、お母さん、今まで大事に育ててくれてありがとう。 お父さんは昔から単身赴任をしていて週末しか家に帰って来られず、月曜日の朝、起きたらお父さんがいないのが寂しかったことを覚えています。 そんな中、お父さんはいつも私の進む道をそっと応援してくれていましたね。 知らない間に部活の試合を見にきてくれていたり、受験で有名なお守りを買ってきてくれたり、私が1人暮らしを始めてからは、近くに出張があると必ず差し入れをしてくれました。 お母さん、本当にわがままな娘でたくさん心配、苦労、迷惑も掛けました。 たくさんケンカもしたけれど、私の目標や夢はいつも全力で応援してくれていたね。 高校の部活で血のにじむような努力をし、最後の大会に挑んだものの、あとわずかで目標に手が届かなかったときのことを覚えていますか? 悔しくて、お母さんの顔を見た途端に泣き出した私に、「ここまでやれるなんてすごいよ。 頑張ったね」と抱きしめてくれたよね。 あのぬくもりは一生忘れられないと思います。 私の次の夢は、お母さんのような愛をたっぷり注ぐ母になり、温かい家庭を築いていくことです。 これからも、ずっと見守っていてください。 卒花 voice 子どもが3人、育児に家事にきっとイライラすることだってたくさんあったはずなのに、いつもニコニコ笑顔で、大声で怒ったことなんて一度もありませんでしたね。 30になっても甘えてばかりの私ですが、少しでもお母さんに近付けるように頑張ります。 働き者のお母さん、あまり無理をせず、いつまでも元気でかわいいお母さんでいてくださいね。 お父さん、お母さん、私は2人の子どもに生まれたことを誇りに思います。 30年間本当にありがとうございました。 突然、「子どもができました、結婚します」と現れた私を、何も言わず温かく受け入れて、実の娘のようにかわいがってくださり、ありがとうございます。 将来、自分の子どもが私のような嫁を連れてきたら、私はどうするだろうと思うと、ただ感謝の言葉しか浮かびません。 まだまだ至らない点も多い私ですが、これからも末長くよろしくお願いします。 卒花 voice.

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【花嫁の手紙の例文・文例集】自分らしく感動的な手紙にするポイント|マイナビウエディングPRESS

両親 へ の 手紙 例文

手紙の書き方とサンプル-1 (書き出し)両親への感謝の気持ち お父さん お母さんへ 昭和50年10月14日 身長 50cm 体重 3,060g 二人の元に私は産まれました。 この時から27年間大切に育ててくれてありがとう。 お父さんとの思い出を手紙に 小さい頃は、誰に会っても「お父さんそっくりで目が大きいね。 」ってよく言われたよね。 小さい頃はあまり思わなかったけど、今ではこの目は自分の一番好きなところです。 こうやって、写真を見て振り返ると、楽しかった事、嬉しかった事、悔しかった事、 いろいろあったなぁって昔を思い出します。 嬉しくて自転車屋さんから家まで一生懸命こいで帰ったのを覚えてます。 それと、高校生の時に手紙をかいてくれたのを覚えてますか? 17歳の誕生日の日、枕元に手紙が置いてあってそれはお父さんからでした。 お母さんとの思い出を手紙に お母さん。 いつも笑顔。 温かさを感じます。 悩んだとき、挫けそうなとき、いつもあなたの笑顔に支えられました。 僕は、あなたから 優しさ,愛情,そして強さを学びました。 時には優しく、時には厳しく。 人としての在り方や人生観は、あなた譲りです。 覚えていますか? 小学生の頃、サッカーの試合をよく見に来てくれたことを。 覚えていますか? 骨折した僕を、毎日車椅子で小学校に送り迎えしてくれたときのことを。 覚えていますか? 僕が車で大事故を起こしたとき、一言も怒らず無事を喜んでくれたときのことを。 覚えていますか…? 僕は、全部覚えています。 言葉では言い表すことができないけれど、心と身体で全部覚えています。 (新生活の抱負など)こんな家庭を築きたいとか、両親への希望など 親孝行なんて何も出来なかったけど、二人で仲良く生活していく事が、 そしてたまに遊びに来て元気な顔を見せる事がこれから私に出来る両親への親孝行だと思っています。 くれぐれもムリをせずに体に気をつけて、仕事がんばってね (結びの言葉)最後に感謝の言葉で締めくくると、気持ちがより深く伝わります。 今まで大切に育ててくれてありがとう。 幸せになります。 手紙の書き方とサンプル-2 (書き出し)結婚式で両親への感謝の気持ちを言葉で 24年間育ててくれてありがとう。 この24年を振り返ってみると、心配や迷惑ばかりかけてきた24年間だったと思います。 子供の頃の思い出や、家族への感謝したいことなど一番伝えたいこと その中でおとうさんとは、小さいころはよくあそんでいたけど、中学・高校になるにつれて、 反抗期で話す事もなく 寂しい思いをさせた事もあったと思います。 そして、私の中でとても印象的だったのが唐津に行く時、見送っていた顔がとても寂しそうでした。 その後もママと一緒に唐津に遊びに来てくれて帰るときに泣いてたよって聞きました。 いつもあまり感情を出さず何があってもどっしりとしている姿しか見ていなかったので、 びっくりしたけど何も言わないけど、でも心配してくれてるんだなぁーと思いました。 そして、ママとは昔からケンカをする事は、ほとんどなく いつも仲が良くて何でも話せる友達のようでであり、時には母として頼れる存在です。 そんなママは私が何をするにもおこったり反対せずに見守ってくれました。 そんなママはとても偉大な存在です。 結婚後にはこんな家庭を築きたいとか、両親への希望など わたしも、もうすぐ母親になるけど、ママのように何でも見守っていけるような 偉大な母親になりたいと思います。 最後に感謝の言葉で締めくくると、気持ちがより深く伝わります。 そして今まで、2人に何ひとつ親孝行できなかったけど、 これからは何かひとつでもしてあげられるようにがんばります。 これからも2人仲良く大好きなペットと長生きして下さい。 本当にここまで、人一倍世話のかかる私を育ててくれてありがとうございました。 手紙の書き方とサンプル-3 学校生活での思い出エピソードなどを手紙に 1980年 1月20日 午前11:52 体重3,260g 身長48. 元気に生んでくれてありがとう。 幼稚園に入園。 とても恥ずかしがり屋で周りと余り話せなかったのを憶えています。 毎日泣かされて帰る時も・・・ ただお母さんに似たのかいつでも明るい子でした。 小学校に入学。 誰とでも話せる子になれました。 逆にうるさい子と言われた事も・・・ 思えば小学校二年生にもらった絵の賞が1番始めだった事を憶えています。 数々もらった絵の賞の中でも1番記憶にあるのが、四年生にもらった賞です。 学校でもらった時より家に帰ってお母さんがすごくうれしそうにしてくれた事で、 うれしく思えた事を憶えています。 今でも付き合える友達が出来、一番楽しかった頃。 記憶に残るのが、中学校三年生!! どこも行ける高校が無いと言われた僕を有名高に受験出来るまで指導してくれたお父さん、 ありがとう。 あの時は厳しかったぁ~ 自分の中でも転機が訪れたのもこの時でした。 本当に迷惑をかけました。 一番落ち込み、悩む僕に少しでも手を差し伸べようと見守りつづけてくれた事、本当に感謝しています。 高校に入学。 文章ではこれだけですが、本当にいろいろありました。 今でも憶えているのは、お父さんに言われた事です。 「今までの事なんかどうでもいい。 今を大事にやりとげろ」 あの時はその一言にも反発してしまったけど、今は本当に感謝しています。 親の気持ちに甘えて飲食業をしていた時。 いろんな事を経験、勉強できました。 そんな環境を作ってくれた事、理解してくれた事。 本当に感謝しています。 これからはいつも優しく、時には厳しく、世の中のいろんな事を教えてくれた お父さん、お母さんの ような家庭を、そして子供が生まれたらいつも優しく、人に思いやりが持てる姉のような子供に育てたいと思います。 今まで育ててくれてありがとう。 本当にありがとう。 手紙の書き方とサンプル-4 昭和59年5月28日 パパとお母さんの元にわたしは産まれました。 パパとの思い出 パパ、わたしを初めてだっこした時、若いパパは嬉しかったですか? 小さい頃は、誰に会っても「パパそっくりだね」と よく言われましたね。 前はあまり思わなかったけど、 今ではパパとそっくりなこの目やふじびたえ… そして「愛」という名…大好きです。 仕事が忙しくなかなか会えないからと、パパと交換日記をやったこと。 よく温泉に連れていってもらい、 わたしの髪の毛を結べずすごく時間がかかったこと。 昨日のことのように思い出します。 和也さんを初めて紹介した日、電話で「今から行くから」と言うと「来なくていい」の一点張りでした。 挨拶にきてくれたのに奥から一歩も出てきてくれず、お母さんが間に入り話をしてくれましたね。 それなのに、結婚を承諾してくれたこと嬉しかったです。 家族の為に一生懸命働いてきたパパ 頼りになるパパ。 いつも、わたしを気にかけてくれたこと知っていました。 お母さんとの思い出 お母さん、わたしがお腹にいる時、女の子だとわかり嬉しかったですか? 小さい頃は、よく可愛い服を着せてくれたり、可愛い髪形にしてくれました。 お母さんと一緒にお風呂に入りながら、料理を教わりながら、いろんな話をしました。 何かあるといつも味方をしてくれました。 「無理しなくていいよ」といっても、 毎日、朝早く出勤するときに、かかさずお弁当を作ってくれました。 休みの日も必ず朝ごはんを作ってくれていました。 「おはよう」 「いってらっしゃい」「おかえり」「おやすみ」うちの中で響くお母さんの声が大好きでした。 感謝の気持ち 大人になって気がつきました。 結婚が決まってから気がつきました。 何気なく過ごしてきた毎日がどんなに幸せだったのか。 子供だったわたしも、今日新しい一歩を踏み出すわたしも、 ずっとかわらずお父さん、お母さんが大好きです。 ずっとかわらず、娘です。 最後に… わたしを産んでくれておりがとう。 今まで大切に育ててくれてありがとう。 幸せになります。 結婚式で読む両親への手紙の書き方 例文 お母さんへ 春風が肌に心地よい季節 昭和54年3月28日 身長53. 0cm 体重3560g お母さんの元に泰臣は産まれました。 この時から34年間大切に育ててくれてありがとう。 結婚が決まって気がつきました。 何気なく過ごしてきた日々がどんなに幸せだったのかを。 さまざまな思い出とともに 感謝の気持ちでいっぱいです。 今までたくさんの苦労をかけましたが おかげ様でこの日を迎える事ができました。 こうやって写真を見て今までを振り返ると楽しかった事 嬉しかった事 写真を見るたびに懐かしく昔を思い出します。 私は幼い頃、よく熱を出したり、喉が痛くなったり、 心配ばかりかけていたと思います。 近所の公園で自転車の乗り方や逆上がりを教えてくれました。 愛情をたくさん感じていたし、本当に心から感謝しています。 ありがとう。 お母さん、覚えていますか? 今思えば自転車で浦和や与野やあちこちよく出掛けたね。 よそ見して電柱に激突した事もあったよね。 嬉しいときは一緒に笑い、時には厳しく育ててくれた。 大好きなお母さん、本当にありがとう。 今日この日を迎えることができたのも、お母さんのおかげです。 これまでもらったたくさんの愛情、決して忘れません。 産んでくれてありがとう。 今まで大切に育ててくれてありがとう。 あなたの子供で本当に良かったです。 結婚式で読む両親への手紙の書き方 例文 昭和58年10月2日、私は産まれました。 それからもう28年の月日がたちましたね。 そして無事に今日という日を迎える事ができました。 本当にありがとう。 今までの28年間を振り返ってみると本当に色んな事があったね。 お父さん、お母さんにとって私はどんな娘だったかな? 4人兄弟の一人娘。 弟3人、私一人女ということもあり時々寂しく思うこともあったけど、 今思えば一人娘だったから、娘として愛情を独り占めできたんだよね。 その分、たくさん甘えたね。 お父さん 小さい頃色んな所に連れて行ってくれてありがとう。 海、山、川、キャンプ、バーベキュー、スキー、海外、、、 色んな経験をさせてくれたね。 たくさんの思い出を作ってくれたね。 昔のアルバムにはたくさんの笑顔。 兄弟4人の笑顔をみるとすごく心があったかくなります。 このアルバムの中の写真はどれもかけがえのない思い出です。 私はすごく手のかかる子だったね。 就職しても、寮まで送り迎えたくさんしてもらったね。 休みの日、一人で寮にいるのは寂しくて、休みのたび、家に帰ってたね。 お父さんが、仕事にいく時、いつもより早起きして寮まで送ってくれたこと、 今では懐かしく思います。 運転できるようになるまでの約4年間、お父さんには甘えっぱなしでした。 お母さん お母さんとは、たくさん話をしたね。 私にとって何でも話せる存在、とても大きな存在。 お母さんとは、近すぎて時にはけんかする事もあったね。 でも時間がたてば、また元通り。 何でも言い合えて、信頼関係があって、やっぱり親子だよね。 お母さんの働く姿を見て、私も看護師になったね。 お母さんが看護師じゃなかったら、きっと私は別の道を歩んでいたね。 私の道しるべになってくれてありがとう。 昔の私は、人見知りで内向的で、家にいることが多かったね。 でも成長し、色んな人との出会いを経験し私は少しずつ変わっていったね。 その第一歩はお母さんが習わせてくれたピアノがあったからだよね。 私にとってピアノがあったから、強くなれた部分、たくさんあったよ。 ありがとう。 楽しいこともたくさんあったけど、色々大変な事、家族がバラバラになりそうな事、 本当に色んなことがあったね。 でも、何があっても家族は家族。 何よりも家族みんなで過ごす時間が 私は大好きでした。 そう思える、家庭で育つことができ幸せでした。 お父さん、お母さんの娘に生まれて幸せでした。 お父さん、お母さん、大好きです。 最後に、 なかなか照れくさくて言えなかったけど、 28年間、たくさんの愛情で育ててくれて、本当にありがとう。 写真と文章も全てオリジナルの絵本に仕上げます。 両親への手作り絵本 レターブックStandard24は思い出の写真30枚と手紙9ページで制作いたします。 幼いころから現在までの写真を思いっきり選んでいただけます。 レターブックSimple16はお写真手紙も少し少なめになりますが、お忙しい方、手元にあまり写真がない方など手軽に作ることができます。 もちろん人気の直筆の手紙で感謝の気持をお伝えください。 全文お客様の言葉で手作り制作いたします。 県外のご両親、海外挙式など、結婚式披露宴後の持ち帰りの際にサイズも小さく荷物にならないので、ご両親様にも好評を頂いております。 全て手作り高級製本です.

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