アリアンデル 絵画 世界。 ダークソウル3 (DARK SOULS III) 神攻略wiki

絵画世界の修復者、アリアンデルさんとエレーミアスさんについて

アリアンデル 絵画 世界

ゲーム開始タイトルからDLCストアを選択して直接行ってもDLCは出来ないようなので、PSストアの方からアクセスして直接ダウンロードをして始める必要性があります。 攻略チャート アリアンデル絵画世界(DLC)への行き方について の篝火「清拭の小教会」の近くにいるNPCに話しかける事で行くことが出来ます。 篝火「雪原」~篝火「吊り橋を臨む洞」 篝火「吊り橋を臨む洞」~篝火「アリアンデルの礼拝所」 吊り橋を渡り中の建物に入ると、篝火「アリアンデルの礼拝所」へ。 篝火近くにいるNPCフリーデに話しかけると、 霜咬みの指輪を貰えます。 篝火「アリアンデルの礼拝所」~篝火「鴉村」 再び引き返す形で吊り橋を渡った先から右側にあるハシゴを降りて進んで行くと、滑る坂があるのでそこを降りて行きます。 (滑り落ちると上へは引き返せない) 更に進んだ先から建物内に入り、その先にいる爪の長い敵が出現する場所の右側にあるハシゴを上がっていきます。 更に外へ出てから少し進んだ先の左手にある建物に入ると篝火「鴉村」へ。 篝火「鴉村」〜篝火「雪の山道」 篝火から外に出て進んだ先の石橋を渡って先へ。 すると先ほどの門先の扉の裏側へ来るので、内側から扉を開けてショートカットを作成しておきます。 更に進んで書庫に入ると敵NPC 騎士ヴィルヘルムが出現し、倒すと 仕掛けの鍵と オーニクスブレードをドロップ。 鍵を入手後奥のレバーを調べると階段が現れるので天井裏へ。 天井裏部屋には少女NPCがいます。 屋外へ出て右側の道を進むと篝火「雪の山道」があります。 篝火「雪の山道」〜篝火「アリアンデルの礼拝所」 ひたすら奥へ進んでいくと屋内に通じる通路が見えてくるので、そこから先へ進むと蝿が沢山いる建物に着きます。 (マップ参照) この建物から奥にあるらせん階段を上っていくと篝火「アリアンデルの礼拝所」近くに行くことが出来ます。 篝火「アリアンデルの礼拝所」〜ボス戦「修道女フリーデ」 蝿が沢山いる建物の最下層に行き、そこにあるハンドルを操作するとアリアンデルの礼拝所の石像が動きます。 そのスライドした石像から先へ進むととの戦いへ。 篝火「アリアンデルの礼拝所」〜篝火「絵画の底」〜篝火「王者の墓守」 篝火「アリアンデルの礼拝所」から吊り橋がある方の屋外へ出て、その先の吊り橋を壊してハシゴ変わりにして下に降ります。 降りた先から木の根を伝って下へ降りて行くと篝火「絵画の底」へ。 ちなみに木の根を伝って下がる途中で、ミルウッド騎士にあらゆる方向から弓で狙撃されますが、ここは「見えない体」を使うと楽に進めます。 更に篝火「絵画の底」から右側へ行くとボス:王者の墓守と戦闘へ。 撃破後 武器「ヴァローハート」と 王者の遺骨を入手します。 ちなみに 王者の遺骨を篝火でくべることで不死闘技が出来るようになります。 ボス撃破後は篝火「王者の墓守」が出現。

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終点 絵画世界の今昔を感じられるロケーションは何カ所かあります。 まだあるので探してみるのも楽しいでしょう。 しかし「どっちが過去で未来なのか」という部分に関しては諸説あるようです。 『1』『3』の時系列そのままであれば絵画世界も同様の時間経過であると思いますが、どうも「絵描きのお嬢様が求めた顔料によって描かれたのがエレーミアス絵画世界」という説もあるらしく、叙述トリック的読み解きで面白いなと思いました。 さてそんな訳でエレーミアスの成れの果てであるアリアンデルは、しかし腐り果てていました。 どうも絵画世界というのは「血」で描かれているようで、必然、時と共に腐っていきます。 そして腐った絵画の中に身を投じてみれば、そこでは世界各所に「腐れ」が蔓延し、人によく似た蠅まで湧いている始末。 故に代々、絵画は「修復者」の手によって延命が図られてきた、という事実が『3』で仄めかされました。 アリアンデルの薔薇 絵画世界の鞠のような教父が その血で火を鎮めるために用いたバラ鞭 絵画の修復者たるアリアンデルは それが血で描かれることを知っており それを守るためにまた血を用いた アリアンデルは修復者の名でした。 しかし彼はいつからか絵画が腐り果てる事を望み、腐れを焼き払う「火」を消し留める為、修復者としての血を鎮火に使っていたという話。 血によって生まれた世界を血で終わらせようとしていた訳です。 その背景に何があったのかというのも気になりますが、もっと気になるのが、 絵画世界には修復者の名が付けられるというもの。 アリアンデルが修復したことで「アリアンデル絵画世界」が生まれたなら、 「エレーミアス絵画世界」にはエレーミアスという修復者がいたはずなんです。 しかし『ダークソウル』シリーズの中に「エレーミアス」なる人物は登場しないので、残念ながら想像するしかありません。 ちなみに「エレーミアス( ariamis)」と「アリアンデル( ariandel)」で頭の四文字(aria)が共通している辺り、何らかの意図があるのかもしれないので、言語に明るい人は答えを出してみるのも良いんじゃないでしょうか。 ところで。 かつてエレーミアスの方では「黄の王ジェレマイア」という NPC が闇霊として侵入してきました。 鳴らない鐘 この鐘はアリアンデルの篝火「雪の山道」から少し進んだ場所に打ち棄てられた鐘なんですが、特に説明もないのでずっと不思議に思っていました。 しかし最近になって検討がついたので一つ聞いて帰ってください。 騎士ヴィルヘルム 「…ほう、貴公…。 …火の無い灰だな。 鐘の音もなかろうに、なぜ、絵画に迷い込んだ?」 アリアンデルの NPC 「騎士ヴィルヘルム」の台詞ですが、この「鐘の音」とは上の棄てられた鐘の事と考えて良いでしょうか。 鐘の音が灰のみを呼び寄せるのか、不死全般を招くのかは分かりません。 しかしこの鐘、「絵画の外」にある鐘と同じ役割を担っているのかなと。 『1』『3』ともに鐘とは目覚ましの役割を果たし、それは火継ぎへの道を開通させる響きでした。 引いては薪の王を選定する為の鐘であると言えます。 そして絵画世界が人血で描かれる為にやがて腐り果て、その度に修復者を必要とするなら、それは外の世界における火の陰りと火継ぎ、そして薪の王の在り方の相似である訳です。 絵画世界の鐘が外の世界の仕組みを模倣したのか、或いはそもそもの起源が絵画にあるのかは不明ですが、「火の陰り」に薪の王が現れるように、「画の腐り」と共に修復者は現れる。 そうして火の如く絵画もまた継がれて来たのだと、棄てられた鐘はそれを暗示する為のものだったのだと思います。 つまり修復者とは絵画における「薪の王」であり、故に絵画を継いだジェレマイアは「黄の王」だったんです。 個人的に「薪」は「たきぎ」と読んでいますが、もしかすると「まきの王」と「きの王」で掛かっているのかもしれません。 更に言えば、ジェレマイアが呪術を操るのは、最初の火に焼かれ炎を帯びたグウィンに対する前振りとしての演出だったようにも思えますし、何だか言えば言うほどそんな気がしてきました。 黄衣の冠(『1』) 伝説の追放者、黄の王ジェレマイアがつけていた まったく由来の分からない謎の衣装 冠には上質の布が使われ、ふわふわとやわらかいが 鮮やかな黄色が目にいたく、明らかに大きすぎる またジェレマイアは「伝説の追放者」だったようですが、それは言わば「忌み人」でしょう。 絵画世界が忌み人の流れ着く場所なら、ジェレマイアは忌み人たちの王として、その優しい安息地を継いだのだと思います。 「」にひっそりと、世界を繋ぐ物語は描かれていたのでした。 ちなみに「黄の王」という名称についてはここも気になるところ。 黄衣の頭冠(『3』) 古い黄金の魔術の国、ウーラシール その神聖な生物を模したという頭冠 黄衣は、失われた魔術の探求者の装束であり 大きすぎる頭冠はその象徴である 奇態が導きたるのなら、なにを恥じることがあろうか 探求者の遺灰 黄金の魔術の国を探求した魔術師の遺灰。 彼らは黄衣の探求者と呼ばれるが 単に黄色いだけの者は、何も分かっていない。 『3』ではウーラシールへの探求を顕すアイテムだった事が判明した黄衣の頭冠。 「黄衣の冠」とは微妙に名称も違いますし、というか形状も違うので、或いはその役割も異なるのかもしれませんが、もしかするとジェレマイアとはウーラシールの探求者、その一人だったのかもしれません。 だとすれば黄色いだけで「何も分かっていない」から追放されたのか、ジェレマイアだけが「分かって」いたのか、ここら辺はよく分かんないです。 ただ『3』でロザリアに仕えたヘイゼルが「黄色指」だったのは彼女が「黄色いから」だと思っているので、ジェレマイアが「黄の王」なのも、そのとき絵画を継いだ人間が「やけに黄色かったから」っていうシンプルな理由を想像してます。 他の人間が継げば、「絵画の王」とかまともな呼び名を与えられていたんじゃないでしょうか。 何かこいつ黄色くね?? 絵画の終わり ところでアリアンデルが持っている器、なんでしょうね。 どうだろう、似てるだろうか 見比べてみると「そのもの」では無いにしろ、機能としては同質のものだったんじゃないかと推測しています。 絵画の修復がどのように行われるかは謎ですが、もしかするとこの器を修復者の血で満たす事でそれは成されるのではないかと。 突き詰めれば「防腐」の為の修復であるなら、腐れを祓う為には「火」が必要になります。 そして英雄はその身に火を宿し、火はソウルに、ソウルは血に宿るもの。 残り火 英雄たちの内にある残り火 火の無き灰たちが終に得られず 故に惹かれるもの 最古の火継ぎの際、不死の英雄がそうしたように、代々の修復者は自らの血のソウルを器に注ぎ、絵画世界に火を行き渡らせたんじゃないでしょうか。 修道女フリーデのソウル 一人目の灰として絵画を訪れたフリーデは だが教父と共に、火ではなく腐れを選んだ しかし教父アリアンデルは、自らが最後の修復者である事を望んだようです。 これ、絵画の修復が火継ぎの相似であるという視点を持つと、アリアンデルの決断がある種の「火継ぎの終わり」エンドである事が分かります。 新旧絵画世界を巡るイベントそのものが『ダークソウル』の総まとめ的仕上がりになっている、そんなお話でした。 絵画与太話 その名はダネル エレーミアスにおいてはかつて半竜プリシラと見えた場所。 半壊した塔の上層で狂った闇霊に侵入されます。 その名は「死斑の呪術師、ダネル」。 意味ありげな存在ですが、こいつに関しても特に説明がありませんでした。 いつものことなので適当にでっち上げてみようかと思います。 そもそも狂った闇霊とは何か、という話ですが、以前こんな記事を書きました。 これらの記事の一部で狂った闇霊(積む者)たちについて触れているのですが、要するに彼らは「火の存続を望むもの」だったんじゃないか、という内容です。 彼らは「枷の椎骨」というものを求めています。 人には「枷」がはめられていて、それは人間を「人間らしい形」に押し留める為のものでした。 しかし枷は存外脆く、一度それを外せば人はどこまでも怪物と化していく。 しかしそれが「人」なんです。 人には「本来の姿」など無い。 故に枷とは人の可変性を恐れた神の計略に過ぎず、火が陰り、神もまた消え去るのなら、人々が続々と枷を外し、怪物になっていく光景こそが人らしい、自然の摂理なのだと言えます。 しかし積む者達はそれを拒否します。 五体を持つ、良く見知った形こそが「人間」なのだと。 その思想に憑かれたが故に、彼らにとっての「人らしさ」の象徴である枷を求め続ける。 それはある意味でプレイヤーである我々の感性に近いものですが、あの世界においてそれはむしろ異常な思想なんでしょう。 故に彼らは「狂った闇霊」を名乗り、聖騎士フォドリックやダネルは「火」に関連する武具や呪術を用いていました。 呪術の送り火 死斑の呪術師、ダネルの用いた呪術火 あらゆる死から名残を集める それは 醜い伴侶の死に捧げられ 送り火となり ダネルは狂った霊になったという たぶんダネルの「醜い伴侶」とは、何かの拍子で枷が外れ、醜く変態した人物だったんじゃないでしょうか。 だから彼は狂った闇霊になった。 しかし絵画にやってきた理由は何でしょう。 確かに絵画世界は、鴉になった忌み人や、白木の姿の女性たちなど、「枷が外れた」と見える人間たちのオンパレードです。 しかし既に枷が外れた者達を標的にするものでしょうか。 それとも絵画に迷い込んだ灰であるプレイヤーたちを狩りに来たのでしょうか。 思うにダネルは、 次の修復者になりにきたんじゃないかと。 我々は絵画の他の姿を知りませんが、住人たちが鴉になったり木になったりというのが腐敗を原因とする現象であるなら、それは修復という手段で防げるはずです(既に変態した人間が元に戻るかは分かりませんが)。 ダネルにその資格があったのかはともかく、彼は自らの血を以て世界を継ぎ、絵画そのものの枷をはめ直しにやってきたのかもしれません。 実際にジェレマイアがかつての修復者だったのだとして、そのジェレマイアとダネルが共に混沌の呪術を振るう様は、そんな可能性を示唆する為の描写だったと少し思っています。 もちろん過去作のオマージュだったという見方も大いにありますが。 付け加えるならこんな見方も出来るでしょう。 浮かぶ混沌 死斑の呪術師、ダネルを魅了した儀式呪術 燻りの湖の助祭たちが用いるもの 束の間に燃え尽きるその混沌は だが苗床に生じた原初の生命であるという それはイザリスの罪の、憐れな証であろう 混沌が、歪んでいたとは言え生命を生み出す力であるなら、それこそがダネルを魅了したのでしょうか。 積む者たちが「火」に関連する武具を用いると申し上げましたが、その中にあってダネルのそれは「混沌」と名の付くものに偏っている。 ダネルはイザリスの魔女がそうであったように、「生み出すもの」になりたかったのかもしれません。 故に絵画を自身の血で満たし、もしも絵画に生まれる生命、その苗床になろうとした……なんて想像はどうでしょう。 余談ですが「マック」または「マク」とは「息子」を意味する言葉だそうです(以前教えて頂いた)。 何でも書いてある。 であれば、 死斑の呪術師ダネルとは、冷たい谷のマクダネルの父親だった可能性が出てきます。 たぶんこの人がマクダネル 聖者の燭台 深みの主教たちの礼拝の燭台 それは剣であると共に魔術の杖である 彼らは、冷たい谷のマクダネルの教えにより 聖職者でありながら、魔術師となったという 深みの主教たちはプレイヤーキャラクターですら使えない炎の魔術のようなものを放ってきます。 深みを封じる為にマクダネルが伝えたもの、とは思っているのですが、それよりも主教たちの「聖職者でありながら魔術師でもある」という在り方が気になります。 理力と信仰を礎とするそれは、呪術師に通じるもの。 もしもダネルとマクダネルが親子関係にあるなら、マクダネルが聖職者にとって禁忌である魔術を、それでも取り入れたのは、ひょっとすると父親の影響だったのかもしれませんね。 「血」と「腐れ」と「イバラムチ」 絵画世界が血で描かれているという設定はシリーズ原初から存在していた、という前提でここまでやってきた訳ですが、もしかすると宮崎ディレクターはヒントらしきものを配置してくれていたんじゃないかという話を最後にします。 絵画が血で描かれている事を示す滅茶苦茶分かりやすいヒント 血の盾 失われた伝承で語られる血の盾 血の赤には弱い魔力が込められているようで あらゆる耐性を高めてくれる 「失われた伝承」とは。 ちなみにこの奥にはドラゴンゾンビがいます。 血の盾と腐ったドラゴン。 これは絵画が血で描かれた事をプレイヤーに悟らせる明確なヒントであり、ドラゴンゾンビは絵画が既に腐敗を始めている報せだったんですよ。 ね、分かりやすいでしょ。 いや半分冗談で言ってますけど、マジでこれらをヒントのつもりで配置してたらどうしようとも思ってます。 ついでに言えばジェレマイアが持っている「イバラムチ」もヒントくさいんですがどうでしょう。 イバラムチ(『1』) 鋭いトゲの生えたひも状のムチ 鎧や硬いウロコなどには効果が薄いが 肌や皮膚の露出した敵には威力を発揮し また 大量の出血を強いる イバラムチ(『3』) 鋭いトゲの生えたムチ トゲは皮膚を引き裂き、 出血を強いる 清拭の小教会で用いられたもの 儀式には、拭うべき滴りが必要なのだから アリアンデルの薔薇 絵画世界の鞠のような教父が その血で火を鎮めるために用いた バラ鞭 実は修復者自身の血を絵画に使っているとはどこにも書いていなかったはずですが、ひょっとすると修復者はこのイバラムチを使って他人から血を得ていたのでしょうか。 或いは自分の血を抜き出す為の得物を武器に転用していたのか。 どちらにせよ、絵画の修復者と思わしき人物が皆、血を得る為の道具を所持していたのは事実です。 仮に後付けだとしても見事と言わざるを得ないんじゃないでしょうか。 まとめ• エレーミアス絵画世界の修復者はジェレマイアでした。 絵画に未だ謎は多く、掘り下げようとして止めた箇所もあります。 アリアンデルへの入口でもある深みの聖堂の小教会にイバラムチが配置されていた事も意味深です。 まだまだ気になる絵画世界ですが、取り合えず今回はここまで。 ではまた。 スポンサーリンク.

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アリアンデル絵画世界(DLC)マップ 攻略

アリアンデル 絵画 世界

火継ぎの傍ら、世界を描く DLC はサイドストーリーにあらず おはようございます。 DLC 2 弾、『THE RINGED CITY』は如何でしたか。 面白かったですね。 次の周回は「輪の騎士の直剣」を使っていこうかなと思っています。 さて、此度の連作 DLC をもって『ダークソウル』シリーズは完結した訳ですが、大変素晴らしい内容でした。 シリーズ完結に相応しい幕引きだったのではないでしょうか。 しかしこんな声も目立ちます。 「本編の内容に触れて欲しかった」「なぜラスボスがポッと出のゲールなのか」……今回の記事は、それらの声に「待った」をかけるものです。 DLC は「本編の内容に触れていた」し、「ラスボスはゲール爺でなければならなかった」のだと、そう主張する内容になっています。 本作はシリーズ完結の物語であり、そしてまたシリーズ開闢の物語でもあったのです。 絵画は世界 DLC1『ASHES OF ARIANDEL』は主人公がゲールという老人によって、絵画世界へと飲み込まれるところから始まります。 様相を見るにそこはかつての「エレーミアス絵画世界」のようですが、今そこは「アリアンデル絵画世界」と呼ばれています。 絵画の修復を行った者の名がつけられる習わしなのでしょう。 そして明らかになった事実として、絵画は血を顔料として描かれるということ。 我々が死ぬことで血痕にソウルが宿るように、血は上質な触媒であるが故、用いる者によっては絵画の中へと世界を構築することが可能になるのです。 しかしそんなものを顔料としている以上、やはりいずれ腐敗するようで、雪景色の絵画世界はところどころに「腐れ」が発生し、夥しき蛆と蠅によって無残な姿と化していました。 ここで注目すべきは、顔料に用いられるのは「人間の血」であるということ。 血にはソウルが宿り、人間性は虫になります。 深淵に虫が湧くように、人の血液に宿った人間性が、「腐敗」という条件下で蠅という形を取って沸き出したのでしょう。 さて、アリアンデル絵画世界には「腐れ」に対する 2 つの思惑が交差していました。 言うなれば「歓迎派」と「焼却派」です。 そも絵画世界とは現実世界から追いやられた者たちが流れ着く場所です。 彼らは「忌み人」と呼ばれ、絵画と関わるに連れ、次第に鴉のような容姿に変化していきます。 『1』に出てきたハーピー(ベルカの鴉人)と『3』の鴉人は同種の存在ということでしょう。 そして「腐れ」はそんな忌み者たちにとって心地よいものとして作用するようで、アリアンデル絵画世界の入口には主人公を誘うような鴉人さえいました。 しかし全員がそういう訳でもなく、中には「腐っていくくらいならば焼かれて消え去ろう」という意思を示す者たちも存在します。 しかし絵画世界の火元たる教父アリアンデルも、彼に付き従うフリーデも、腐れを受け入れる方針を崩しません。 そこに現れたのが我々「灰」であり、幸か不幸か、最期にはアリアンデル達を討ち滅ぼします。 「灰」とは火を求めるもの。 或いは「灰」が火を誘うのか。 どちらにせよ、火の無き絵画世界に火が生じることとなりました。 補足 : 復活の F 三連戦、びっくりしましたね。 二回戦目の冒頭でフリーデがしなりと倒れるところは飛ばさずに何度も観ました(何度も死んだ)。 ところで一連の戦いの理由というか、何が起こっていたのかをちょっと考えてみます。 まず一戦目、これはごく普通にフリーデ個人との戦いになります。 HP バーの削り合いです。 そして無事に勝利した訳ですが、二戦目、怒りかはたまた悲しみか、発狂したアリアンデルがもたらした炎に辺りは包まれ、フリーデは復活します。 ここで、絵画世界において必死に封じられてきた「火」が起こってしまい、その「アリアンデルの火」によってフリーデという「灰」は復活を遂げる訳です。 我々が「残り火」を使用した際に HP が充当されるのと同じ現象ですね。 しかしここでの「火」は「残り火」とは異なり、アリアンデルから生じたものであるため、二戦目のアリアンデルとフリーデは HP を共有しているのです。 そして三戦目。 ここでようやく「アリアンデルの残り火」が生じる訳ですが、これが全てフリーデへと注がれます。 つまりアリアンデルの生命力がフリーデへと譲渡されたのです。 当然、フリーデは復活します。 ただし今度は二戦目のように一つの生を二人で共有している訳ではありません。 恐らく身を侵す「腐れ」によってフリーデは大幅に弱体化していたのでしょう。 しかしそれも全て焼き払われ、彼女は全盛の能力を発揮し、「黒い炎のフリーデ」として完全復活を遂げたのです。 安っぽいネーミングですが、ゴールデンフリーデとでも言っておきましょうか。 やめましょうか。 顔料を求めて 絵画世界には火がもたらされ、やがて腐れは一層されることでしょう。 同時にそれは絵画世界の消失も意味するのかもしれませんが、住人達は不思議とそれを受け入れています。 彼らは忌み嫌われて絵画へと流れ着いた者たちですが、忌み人には忌み人なりの矜持が存在するのでしょうね。 一方、「お嬢様」は特別な火を見たことでようやく絵の構想を終えたようです。 残るは絵を描くための顔料、人が持つ「暗い魂(ダークソウル)」を求めて、ゲール爺は旅立っていきました。 働きもののおじいちゃん。 フリーデ戦跡から、或いは最初の火の炉から転送した先は「吹き溜まり」と呼ばれる場所でした。 朽ち果てたロスリック城や竜狩りの鎧のテキストなどから、ここが未来の世界であろうことが分かります。 ロードランとは元より時空の歪む土地。 そして篝火はそこに僅かながら干渉する機能を持っているようです。 空間を超えられるのならば、時間もまた同じことなのでしょう。 そう考えると『ダークソウル 2』では結果的に失われてしまった「刻システム」の名残がここに来て回収されたのではないかと推測します。 さて、どこか見覚えのある風景を横に流しながらたどり着いたのは、いよいよ輪の都です。 かつてもかつて、「最初の火」からそれぞれのソウルを見出した王たちがその業を継承したように、誰も知らぬ小人もまた自身が見出したダークソウルを継承していました。 それが小人の王たちであり、ゲール爺は彼らを求めていました。 一連の流れで分かるのが、ダークソウルと人間性というのは全く同一のものではなかったのだということです。 マヌスが砕かれてデュナシャンドラたち闇の子へと分かたれたように、人間性もまた欠片であり、「そのもの」ではないということなのでしょう。 ゲール爺が「人間性」ではなく、その澱みの根源を求めて輪の都へと旅立ったのはそういう訳なのです。 フィリアノールの眠りを覚ました先、そこではゲールが小人たちの王を文字通り喰らっていました。 本来であれば彼らの血液を持ち帰れば済んだようなのですが、気が遠くなるほどの長い年月で小人の王たちの肉体からは血肉など失せていたようです。 だからゲールは枯れ果てた肉体ごとその魂を喰らい、自身をソウルの器として「暗い魂の血」を作り出しました。 『ダークソウル 3』は最古の火継ぎの再現として、「王のソウル」と「その器」を揃える物語でしたが、 DLC においてもその「なぞり」が行われた訳ですね。 かくしてゲールの目的は果たされましたが、しかし体内で荒れ狂うダークソウルにより、彼の正気は失われていました。 「暗い魂の血」のテキストを読む限り、こうなることは分かっていたようです。 だから、主人公を輪の都まで導いたのは、自身という顔料を持ち帰らせるためだったのでしょうね。 余談ですが、ゲール戦の開始時に、ゲールは小人の死体をこちらへ投げ飛ばしてきます。 随分と既視感があるというのは当たり前で、これは『ダークソウル 1』DLC でのアルトリウス戦ムービーになぞらえたものです。 そしてゲールの戦い方はアルトリウスに似て、荒れ狂う様はどこかマヌスをも思わせます。 恐らくダークソウルに侵されたものは、獣のような習性を獲得するという示唆ではないでしょうか。 アルトリウスの戦い方は本来のものではなく、闇に染まったが故のものだったのだと、遡って描写されたのです。 最後の敵はおじいちゃん。 それはソウルシリーズの伝統と言っていいものですが、無事にゲールを打ち倒し、そして彼自身の思惑通り、主人公は「暗い魂の血」を手に入れました。 再び絵画世界へと戻り、顔料を「お嬢様」へと渡します。 そして新たな絵画の完成を予感させたところで、全てのイベントが終了します。 『ダークソウル』、おしまい。 世界は絵画 本題に入ります。 顔料を渡した際、「お嬢様」に名を尋ねられます。 絵のタイトルにしてくれるそうです。 もしかしたら人によっては「unko」とかになるかもしれません。 unko は嫌なので名前を教えないことにすると、彼女はこう答えます。 「…分かりました。 貴方も同じなのですね。 ではこの画には、灰の名を付けます」 以下の台詞は、名を教えても教えなくても同じです。 「ずっと寒くて、暗くて、とっても優しい画…。 きっといつか、誰かの居場所になるような」 「…ゲール爺も、いつか帰ってくるのかしら。 新しい画が、お爺ちゃんの居場所になるといいな…」 以上です。 ヒントが出そろいました。 凄い話なんです。 名を教えなかった場合、絵画には「灰」の名前が与えられます。 言うまでもないことですが、主人公が灰であったことから「灰」の名は付けられました。 そしてこれから描かれる絵画世界「灰」は、お嬢様曰く、とても優しい場所になるようです。 「ずっと寒くて、暗くて、優しい場所」。 それは一体どんな世界なのでしょう。 絵画世界とは忌み人が集う場所。 彼らにはきっと何かが欠けていて、劣っていた。 優れたものたち、持てる者たちがいつの世も迫害を行うのでしょう。 だから「灰」の絵画世界には、優劣なんてきっと無いのです。 全てが均一で、分かたれていない。 熱も冷たさもなく、生も死もなく、光と闇さえ存在しない。 霧で覆われ、そこにあるのは灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかり……。 灰の時代のはじまりです。 そう、つまりここで生み出されるのは、文字通りの新世界。 「灰」と名付けられた絵画の中で、『ダークソウル』の物語が創世します。 かねて語られてこなかった、最初の火が生じる以前の「灰の時代」、その始まりが、ついに明らかになるのです。 我々が旅した『ダークソウル』の世界は、かつて「外側の世界」で描かれた、一枚の絵画の中の出来事だった、そういう訳なのですね。 そしてまたその中ですら、新たな世界が描かれるのでしょう。 そしてその中でもまた絵画は描かれ、そうして永遠に入れ子構造的ループは続いていくことになるのです。 DLC がサイドストーリーに終始してしまったというのは、とんだ誤解です。 『3』は「火」を巡る一つの時代の終焉の物語でしたが、今回の DLC によって、『1』の世界へと至る「はじまり」の物語にもなった訳です。 恐らく「輪の都」というタイトルは、この終わりと始まりを繋ぐ円環を意味してさえいたはずです。 更に言うのであれば、『ダークソウル』というタイトルは闇こそが人間の持つ本質的な部分であるという、皮肉の効いたタイトルとして機能していました。 しかし絵画の顔料にダークソウルが用いられていたという事実が加わったことで、人のみに関わらず、「世界そのものが闇だった」という壮大な帰結を迎えることになったのです。 ちなみに諸事情により失われましたが、このシリーズの原題は「ダークリング」だったそうです。 「闇の円環」……全て織り込み済みだった気がしてきますね。 ところでお嬢様に名前を教えなかった場合の「貴方も同じなのですね」とはどういう意味なのでしょうね。 彼女は母親から絵画の技術などを継承したようですが、もしかしたら彼女の母親が「今の世界」を描いたのかもしれません。 そしてその時も、顔料を届けてくれた「灰」は自分の名を明かそうとしなかったのかもしれません。 もしれかすれば「母親」とは、「外側の自分自身」だったりするのではないでしょうか。 それと、ふと思ったんですが、「王達に玉座なし」や「いつか灰はふたつ」など、世界に伝わる予言の類が絵画の外、つまり「未来の世界」からもたらされたものだと考えるなら、それはもう予言ではなくネタバレですね。 補足 : 人の頂 という訳で、また一つの疑問が氷解しました。 朽ちぬ古竜の正体は、絵画の外側から渡ってきた「人間」です。 かねてより、人間が人間性の凝結という形で石化する一方で、古竜のウロコが硬い岩(故に岩の古竜とも呼ばれる)だったこと、そして両者ともに、火に依存しない不死であり、そして人ばかりが竜の姿に至ろうとする、これら人と竜の関連性に何となく触れてきました。 まさか古竜が人の祖先だったのでは、などと考えていましたが、逆でしたね。 お嬢様の願った通り、絵画の中へと居場所を求めた人間の成れの果て、最終進化形こそ古竜なのです。 人間は元より何らかの要因で変態を遂げます。 シースの人体改造や、ロザリアによる生まれ変わり、絵画世界での鴉化、挙句虫になったりと忙しい生き物です。 エルドリッチなどは人喰いによりスライム化していました。 これら変態能力は神々に見られない特徴であることから、やはりダークソウルの成せる現象なのでしょう。 人間という生き物が、一番、人間から遠い。 神々がそれを知り、恐れたが故に枷を設けたのだとするなら、これまた凄い話ではありませんか。 また、ヨルシカ曰く「最初の薪の王以来、人間が火を継いできた」とのことで、つまりそれはヨーム並びに「巨人」という存在もまた、ダークソウルの欠片を宿す人間の一種であるということが判明しました。 『2』の巨人は種が異なるようですが、あれもまた人間なのだとして、確かアン・ディールは、巨人を材料に古竜を再現していたような……。 そして巨人は樹へと姿を変えたような……。 ならば灰の時代にあった「古竜」、そして「大樹」、或いは「灰色の岩」までも、その全てが「人間」という材料によって構成されていた、そんな考えが成り立ちます。 それと忘れてはならないのが今作で登場した「巨人の法官」ですね。 灰の時代には古竜ばかりがあったというのに、この灰色の巨人もまた同じ時代から存在していたのだといいます。 巨人もまた人だというのなら、人が生まれる前に人の一種たる巨人がいたというのは……簡単な話ですね。 彼らもまた「絵画の外」からやってきたのです。 (追記 : ……とは限りませんよね。 最初の火が生じてから王たち並びに神や人が生まれ、古竜狩りというクッションを挟んで火の時代へと至っているので、法官が灰の時代に生まれたという運びでも全く不自然ではないはず。 むしろこちらの方が自然でしょう。 精神テンションがおかしなことになって、おかしなことを書いてしまいました。 もちろん色々考えられるので自説を無暗に否定する訳でもないですが……。 )(2018. 7) さて、吹き溜まりに見られた天使、その本体は「巡礼の蛹」というそうです。 本編大書庫前でロスリック城の周囲を飛び回っていた枯れ木のような敵は「巡礼の蝶」。 そしてロスリックを脅かしていた天使信仰。 「蛹」が「蝶」になるのだとして、「蛹」はいずれ「蝶」の先、自身が至る似姿を「天使」として投影していたのかもしれません。 そして蝶と天使の姿をよくみると、古竜との共通点が散見するんですね。 両者とも翼と上体だけがあり、下半身は触手で構成されています。 実のところ、末裔としての古竜たちには四肢が存在しますが、『1』のオープニングに登場する純粋な古竜たちにはそれが存在しません。 これは同じ古竜シースの姿からも見て取れる事実です。 天使それ自体は幻影のような存在でしたが、「蛹」が「蝶」を経て、やがて本当に「天使」になるのなら、彼らは「原型」であり、やがて進化の過程で人間性を石の鱗として纏う能力を獲得することで「朽ちぬ古竜」として完成するのではないでしょうか。 で「石化とは人間を長期保存する、コールドスリープに似た手段である」というようなことを述べてますが、古竜がその石化性質の応用により、肉体の破壊耐性を極限まで高めた上で、意識と身体機能を保持できる存在になったのだと考えれば、彼らが生死を超越した存在と謳われていたことも、神々がまず彼らの鱗を砕こうとしたことにも納得できるというものです。 シリーズ通して一部の人間は竜に成ることを目指していましたが、本能の部分で自分たちと竜が同質の存在であることを感じ取っていたのかもしれません。 という仮定に基づくのであれば、また見えてくるものがあります。 天使は古竜の原型だと述べましたが、むしろその白い姿に加え呪いを扱う様は、シースの方により近い。 更に言えば、攻撃方法やフォルムから、シースの被造物たる月光蝶を連想させます。 ですが何のことは無い、古竜が渡来者であるという仮説が正しいのだとすれば、シースもまた「絵画の外側を知る者」ということになります。 故にシースは、やがて人間が至る天使の姿を模して、或いは人間の進化を探る過程の副産物として月光蝶を生み出していたのです。 そのようにしてシースがしきりに人間を弄び、スキュラや獅子族などの亜人へと作り替えていたのは、人が進化の果てに鱗を獲得したプロセスを検証するためでしょう。 シースの執念、結晶の研究とは、とどのつまり、人間性の結晶化によって作られる鱗の研究なのですから。 そしてこれはシースこそが最も知りたがっていた謎なのかもしれませんが、シースとは何者だったのでしょう。 差異が存在しないはずの灰の世界において、白竜はただ一体、古竜の要たる鱗を持たないという「劣性」を有して存在したのです。 それがただの偶然に過ぎないのか、或いは何か別の要因があるのか……謎は尽きませんね。 補足の補足。 『3』の OP から巡礼者は「北」を、ロスリックを目指しました。 そして彼らは「火は陰り、王達に玉座なし」という予言の意味を知るのだと。 しかし予言とは、「薪の王は再び火にくべられる」という最古の火継ぎの再現を指していたのであり、巡礼者たちの目的がそこにあるとは考えにくい。 むしろ彼らはそれを知り、そして「その先」を目指したと考えてみます。 公式サイトや『デザインワークス』を開くと、巡礼者の遺骸から「巡礼の蛹」が生まれているようです。 「蝶」もまた同じでしょう。 つまり巡礼者とは、新世界において古竜に至る存在なのです。 であるなら、或いは彼らはそれをこそ目指したのかもしれません。 ここで取り上げたいのが、巡礼者が背負っている「蓋」です。 ラップも吹き溜まり入口の老婆を「蓋の婆さん」と呼んでいますね。 また「聖職者の青衣」にも蓋が施されており、テキストにはこうあります。 不死が闇の苗床とならぬよう背中に大きな蓋を背負っていた 恐らく両者の「蓋」は同じものなのでしょう。 それが一方は天使に至り、一方では特に大きな変化は見られませんでした。 この違いはなんなのか。 ここまで考えて思い出すのが、「人の膿」です。 一部の亡者や「灰の審判者グンダ」から沸いて出た黒いアレです。 「幽鬼のトーチ」にはこうあります。 ある種の深淵は、人中を膿で満たす 「人の膿」が「闇の苗床」と同義だとして、ここで発想を逆転させてみます。 つまり巡礼者は聖職者とは対極に、自らの中に満ちた膿(闇)を外に出さないために蓋をしていたのではないでしょうか。 輪の都において、フィリアノールの眠りが「蓋」であると述べた NPC がいましたが、それは王廟に眠るダークソウルと、人の中に満ちる暗い膿を重ねた言い回しだと解釈できます。 では内を闇で満たし続けた結果どうなるのか。 恐らく無為にそれを漏らしてしまった亡者が「人の膿」として発現し、対してある種の「成熟」を完了させたものが、人から蛹となり蝶となるのではないか、という推測ができます。 未来である吹き溜まりに蝶が見られず、蛹と天使ばかりがいたことを考えると、或いは蝶もまた未成熟な進化であり、それを更に耐えたものこそが蛹に至るのかもしれません。 ともかく、ロスリック城において人の膿が散見したこと、大量の巡礼者の死体に合わせるように巡礼の蝶がいたことは、きっと偶然ではないはずです。 ならばその成熟の果てが天使であり、竜なのです。 ついでに言うのであれば、ロスリック攻略の途中で出てきた飛竜から人の膿が漏れていたのは、「人=竜」を示唆するヒントになっている気がします。 「火は陰り」、闇の力が世界と人を満たす。 その先に訪れるものを求め、巡礼者たちは集ったのではないでしょうか。 唐突ですが、ここで『1』に遡ってみます。 異端の魔女ビアトリスという NPC がいましたが、彼女は「魔女のとんがり帽子」曰く、「深淵に挑んだ」のだそうです。 そんな彼女が月光蝶の前にサインを出していたのは、天使の似姿たる月光蝶に、深淵の匂いを嗅ぎ取ったから……というのは飛躍し過ぎでしょうか。 追記:書き忘れてましたが、「なぜ竜の鱗は太陽(雷)の力で貫けたのか」という疑問も、これで解けますね。 鱗が人間性(闇)で出来ているから、雷(光)が良く通るんです。 何事にも理由があるんだなあ。 追記(2018. 02) : ここら辺、現在は少しだけ考えを改めています。 天使と竜への進化には人の根源的な部分が関わっているという考えは変わっていませんが、両者は恐らく別種です。 このことに関してはまたいずれ。 追記(2019. 24) :。 古竜についてまとめましたので、良ければどうぞ。 補足 : 人の道 インターネットというのはすごい場所で、に気づく人というのがいるんですね。 という訳で、パッチについて一考してみます。 パッチというのは、「人間性」という言葉が巡る壮大な世界観の片隅で、一人同じ言葉に対して真摯に向き合い続けてきたキャラクターなのかもしれないなあと、今回の DLC で思いました。 「あそこに良いものがあるぜ」というのは彼の鉄板ネタですが、案外、パッチ自身はその「良いもの」に興味がない節があります。 自分でも冗談めかして「無欲な俺には」なんて言ってますが、割と本音だったんじゃないでしょうか。 「宝がある」という言葉につられて暗い穴をのぞき込めば、背後から飛んでくる彼の足蹴りによって、皆がその暗がりへと突き落とされていきました。 そして彼はそんな欲にかられた人間の身ぐるみを剥ぐことによって、日々の食い扶持を稼いでいたようです。 それはパッチにとって生きる術であり、そして相手の人間性を図る行為だったのでしょう。 彼は聖職者を憎んでいたようです。 何があったのかは不明で、というかその部分はきっとどうでも良くて、彼は聖職者だろうと欲はあって、そこに宝があれば意地汚くどこだろうと覗き込むのだと、証明してやりたかったのでしょうね。 人間性とはダークソウル(闇の魂)の欠片であり、闇はソウルを求めるもの。 つまり人間の本質とは「欲」なのです。 そして火の時代の終わり。 不屈だった彼はついに亡者と化し、記憶すらも失いつつありました。 ラップと名を変えた彼は一人の灰と出会い、友と呼び、そしてその助けを借りて、全て思い出します。 自分が何者だったのか、自らのやってきたこと、本当の名前も。 そして暗い穴を指し、友と呼んだ灰がそこをのぞき込んだのを確認すると、彼は馬脚を現しました。 蹴り落とされ、膝をつく「友」を見下ろしながら、パッチはひとしきり笑って、しかしこう呟きます。 「…だが、それでこそ人の道なのかもな」 彼は「人間性」という言葉に誰よりも真摯に向き合ってきました。 どのような人格者であろうとも、「本質は闇」であるのだと、得意の前蹴りによって証明し続けてきたのです。 ですが、きっと彼自身が、最もそれを強く否定したがっていたのではないでしょうか。 欲のまま穴を覗く人間を蹴り落とす傍ら、自分に背中を見せない人間を探し続けてきたのです。 そして火の時代が終わっていく中、ついに彼は一つの結論を得ます。 「それでこそ人だ」と。 『ダークソウル』とは、パッチという一人の男が、人が持つ「暗い魂」を受け入れるまでを描いた物語でもあったのです。 ただそれだけのことに、これほどまで長い時間をかけるとは、何と不器用な男なのか。 しかし、つまりそれは、彼は最後に「人間」を諦めたということなのでしょうか。 それは分かりませんが、ラップのイベントをこなした後、「教会の槍、ハーフライト」のボスエリア前には、「不屈のパッチ」の白サインが浮かび上がることになります。 或いは火が消えて闇ばかりが残る世界となった後で、彼はどのように生きていくのでしょうね。 またも余談になりますが、パッチってもしかして「火の無い灰」じゃないんですかね。 だとすると、『1』から続く火の歴史を、それが陰りを迎えるまで生き続けてきたことになります。 そこら辺の神様よりよっぽど長生きですよ。 神格化されて名前が残っていてもおかしくないくらいに。 ここで重要なのは、長き時を生き続けた人間と言うのはそれだけで正常ではいられなくなり、その結果人の形を止めるのだということです。 ある者は木のようになり、鴉になり、虫になり、天使になり、遂には古竜となります。 それらが人として本来在るべき姿なのだと言われれば黙るしかありません。 しかしながら、「人間性は闇である」という一つの真理を、長い時をかけて疑い続けたパッチという男は、最後まで、或いはそれから先も、人の形を保ち続けることになります。 人間性とは一体なんなのでしょうか。 (追記 : 考えてみれば不死は火の陰りとともに現れるので、誰かが火を継いだ後にはしばしの間「不死が存在しない、できない時代」があったはずです。 ということはその期間パッチもまた不死ではなくなっていた訳で、だとすればやはり彼は灰として蘇ったことになるのでしょう) 運命の奴隷 脱線しまくって自分で引いてますが、ここからが本題の本題です。 発端はふとしたものなのですが、『デザインワークス』にはゲールが赤頭巾を取った姿が描かれています。 皆さんは思いませんでしたか? 「……グウィンに似てね?」と。 まさかと思い、ラップのような仕掛けを期待して調べてみましたが、恥ずかしながら知能の限界もあって、こっちの線では難しいようです。 ただあえて言うなら、やを見るに、「グウィン(gwynn)」には類語が多数存在し、そこから「ゲール(gael)」に変形できる……? というもの。 ただ調べている内に自分自身「付け焼刃だなあ」と感じてしまいましたし、二つの言葉を繋げたいという結論から逆算して過程を捻じ曲げている気になってしまったので、取り合えず「名前」というアプローチは諦めることにします。 詳しい方がおられましたら、是非調べてみてください。 しかし不完全であろうとも、思考のとっかかりがあれば、それを元手に考察は可能です。 という訳で最後に「奴隷騎士ゲール」と「太陽の光の王グウィン」という男たちの関連性について考えてみましたので、もう少しだけお付き合いください。 まず奴隷騎士とは以下のような存在です。 かつて不死者だけが奴隷騎士として叙され あらゆる凄惨な戦いを強いられたという 老いさらばえ、皮膚が焼け爛れ 骨が歪み、正気などとうに失っても その戦いが終わることはなかった その境遇から彼もまた忌み人であり、そして「お嬢様」はそんな彼らの居場所を作るために絵を描くことを心に決めていました。 ゲール自身もう奴隷ではないでしょうに、それでもお嬢様のため、彼はより過酷な、それこそ上のテキストにあるような戦いに身を投じていきます。 ゲールがどのような男だったかというのは、あまり明かされていません。 そんなところも「ポッと出のボス」なんていう言い方をされてしまう理由の一つなのでしょうが、それでも幾らか分かっていることがあります。 まず彼が白教の信徒であったこと。 ゲールは DLC1 で初登場する際に、清拭の小教会で祈りを捧げています。 そしてアイテムテキストを読む限りでは、深みの聖堂というのは、元々白教の聖堂だったようです。 何よりゲールは「白教の輪」を使いますしね。 ちなみに今さらの確認ですが、「グウィン(gwynn)」とはウェールズ語で「白」を意味するそうです。 なので白教というのは、言わばグウィンを始め、太陽の光に属する神々を崇める宗教団体なのです。 彼の信仰は本物だったと思います。 ゲール戦第三形態、彼の中で荒れ狂うダークソウルは呪いの形を取り、放たれ、その着弾点に深淵のような暗い穴を穿ちます。 そしてそこを照準とするように、天からは落雷が降り注ぐのです。 闇の魔術や奇跡が存在するように、ゲールの取り込んだダークソウルがあのような形で奇跡を具象化したのでしょう。 理性を喪失し、闇に食い荒らさて尚、ゲールの信仰は力として残ったのです。 ゲールの人となりは推測するしかありませんが、その心には強烈な太陽賛美があったと理解して良いと思います。 そしてゲールが遺した「暗い魂の血」によって、新たな世界は描かれます。 即ち『ダークソウル』の世界は、ゲールの血液から創世したということです。 これがまた面白いのですが、『1』の OP にはこのような一節があります。 そして、闇より生まれた幾匹かが 火に惹かれ、王のソウルを見出した つまりニトやイザリスの魔女はともかく、グウィンでさえも、誰も知らぬ小人と同じく「闇」から生じたのです。 正直、以前はこの設定に違和感があって「光から生まれた神々と、闇から生まれた存在の対立という方が分かりやすかったんじゃあないのぉ?」なんて生意気なことを考えてました。 しかし今になって違和感は拭われました。 なぜならこの世界がそも、一人の人間が持つ「闇を宿した血」から生み出されたのですから。 深淵に沈んだ人間性が虫と成り得たように、光はそもそも何も生まず、闇こそが生命の苗床となるのです。 そしてこの事実を転じるなら、神や人を含む全ての生物が、ゲールの血から生じた、いわば「ゲールの子」だったということになります。 そう、グウィンもまた、ゲールの「血を引く」一人なのです。 他の子らは、それぞれ炎の魔術や、死という概念を火より見出したようですが、グウィンはそこに太陽の光を見ました。 容姿と能力が似通っているというただ二つばかりの根拠ですが、ゲールの血がグウィンという子へと最も色濃く継承された、いえ、もっと踏み込んで言うならば、「グウィンはゲールの生まれ変わりに近い存在」なのだという推察はできないものでしょうか。 ゲールが放つ、闇を触媒とした落雷は、その暗示であるように思えてなりません。 そう考えると、非常に感慨深いのです。 過酷に生きた奴隷騎士が、新たな世界においては太陽の神となり、しかし当の奴隷が信仰していた神は、遠い未来の自分自身だったのだと、ここでも円環が描かれることになります。 そして対比構造がまた素晴らしい。 片や光の王はダークソウルを恐れ、封じ、そして世界を存続させるために自らを火へと投じました。 片や奴隷騎士はダークソウルを求め、自らが崇める神がかつて封じたものを暴きたて、新たな世界のために自らを暗い魂に捧げました。 とんでもない話ではありませんか。 闇を封じた者、そして暴いた者、両者は転生を跨いだ同一人物だったのですから。 『ダークソウル』とは、真逆の立場にありながら、ともに世界のため自らを犠牲にして戦った、一人の男の物語だったのです。 薄弱な根拠からここまで考えてみましたが……如何でしたでしょうか。 彼はこの事実を知らないが故に、これからも新たに描かれる世界の中で、永遠にこの円環を繋げ続けるのでしょう。 「お嬢様」は、新しく出来上がる絵が、ゲール爺の新しい居場所になるようにと望んでいました。 ある意味、叶ったのかもしれません。 だからこそ、ゲールは「ポッと出のラスボス」などではないのです。 むしろ『1』最後の敵がグウィンであったからこそ、シリーズ完結最後の敵はゲールでなければならない。 「王たちの化身」と「奴隷騎士ゲール」は、グウィンという存在の上に成り立つ、表裏一体のラストボスだったのです。 まとめ• 「お嬢様」が描く絵画の中で『ダークソウル』ってゲームが始まるんだ。 みんなプレイしよう。 朽ちぬ古竜は、絵画の外からやってきた人間だよ• パッチは「人間性」というテーマを提示し続けた、真の主人公ってわけさ。 あんたもそう思うだろう?• グウィンはゲールの生まれ変わり。 ダークソウルを恐れ、求め、封じ、暴く。 これからも。 終わりに なっげえええええ。 当初想定してた三倍くらいの量になって、途中から「ええ……えええ……」って言いながら書いてました。 分割しようとも思ったんですが、まあ一つながりの考察なのでこんな風になったとさ。 で、こんな結論になったんですが、 DLC はシリーズのまとめに相応しい内容ではありましたが、確かに『3』本編の要素をもっと拾って欲しかったという意見には、その通りだなと思う部分もあります。 ルドレスとかね。 『デザインワークス』を眺める限り、フィリアノールが抱いていたのは錬成炉に見えますし、それを小人のルドレスが扱っていたという部分に、何らかの繋がりがないと解釈する方が難しい。 まだまだ書きたいことは山積みです。 「深海」の時代についてとか。 まったく、汲めども汲めども尽きぬゲームよ。 あ、そうそう。 書いたんですよ。 2017. 11 あ、そうそうそうそう。 も書いたんですよ。 ロイドの正体についてなんですけど。 2018. 04 スポンサーリンク.

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