男はつらいよ お帰り寅さん。 男はつらいよ お帰り 寅さんの上映スケジュール・映画情報|映画の時間

男はつらいよお帰り寅さんのあらすじとキャストは同じ?歴代と違いを比較!

男はつらいよ お帰り寅さん

山田洋次監督による「男はつらいよ」シリーズ50作目であり、50周年記念作品となった『 男はつらいよ お帰り 寅さん』。 昭和44年(1969年)。 第1作目『 男はつらいよ』が劇場公開されてから、昭和の時代、日本の盆と正月の風物詩とも言える存在だった「寅さん」。 年号は平成へと移り、平成8年(1996年)。 長きにわたり「寅さん」を演じてきた渥美清がこの世を去ります。 その翌年、特別編として『 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』が上映。 そして、令和元年の年末に、再び寅さんが帰ってきました。 前作に引き続き、寅次郎の甥っ子・満男(吉岡秀隆)を主人公に、柴又に住む人々の人情喜劇が繰り広げられます。 そこには、懐かしい寅さんの姿もありました。 今回はどんな騒動を巻き起こしてくれるのか。 映画『 男はつらいよ お帰り 寅さん』を紹介します。 CONTENTS• 映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』の作品情報 C 2019 松竹株式会社 【日本公開】 2019年(日本映画) 【監督】 山田洋次 【キャスト】 渥美清、倍賞千恵子、吉岡秀隆、後藤久美子、前田吟、池脇千鶴、夏木マリ、浅丘ルリ子、美保純、佐藤蛾次郎、桜田ひより、北山雅康、カンニング竹山、濱田マリ、出川哲朗、松野太紀、立川志らく、小林稔侍、笹野高史、橋爪功、林家たま平、富田望生、倉島颯良、中澤準、田中壮太郎、桑田佳祐 【作品概要】 山田洋次監督による「男はつらいよ」シリーズの50周年記念作品『男はつらいよ お帰り 寅さん』。 1969年に第1作が劇場公開されてから、50年。 1996年に「寅さん」を演じてきた俳優の渥美清がこの世を去り、1997年の『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別編』公開以来、22年ぶりの新作となりました。 寅さんシリーズではお馴染み、倍賞美津子、前田吟、吉岡秀隆らに加え、歴代マドンナから、後藤久美子、浅丘ルリ子が登場。 そして、渥美清の寅さんが帰ってきました。 懐かしの名シーンの数々に注目です。 映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』のあらすじとネタバレ C 2019 松竹株式会社 満男は、どこまでも続く砂浜を、転がるように走っていました。 「先輩!」。 そう呼んだ少女の元へ、やっとの思いでたどり着きます。 「愛しているからだよ!」と叫ぶ満男は、ひどく息が切れていました。 うなされていた満男を、娘のユリが起こしにきます。 夢の中の少女は、初恋の相手・及川泉でした。 泉とは、紆余曲折の末、結局一緒になることはありませんでした。 サラリーマンを辞めて、念願の小説家になった満男は、中学生の娘・ユリと2人暮らしです。 今日は、満男の妻・瞳の七回忌の法要で、実家の柴又へ帰る予定でした。 柴又帝釈天の参道にある草団子屋「くるまや」は、カフェにリニューアルしたものの、母・さくらと、父・博はずっとここで暮らしています。 裏手にある朝日印刷からは、たこ社長の娘・朱美とその息子の浩介もやってきて、相変わらず賑やかです。 皆が集まり昔話に花が咲くと、必ず思い出す、ここにいない「あの人」のこと。 そう、満男の伯父・寅次郎です。 「フーテンの寅」こと寅次郎は、テキ屋稼業を生業とし、旅に出ては恋をして、ふらっと帰ってくれば、皆を巻き込み騒動を起こす。 破天荒で、変わり者で、自由奔放。 妹のさくらも、婿の博も、近所の人たちも、散々振り回されてきました。 でも、寅さんの前向きな明るさと、不器用ながらも優しい人柄は、どうしても憎めない存在なのでした。 かく言う満男も、寅さんのいない日々に大きな寂しさを抱えていました。 はちゃめちゃなアドバイスの伯父でしたが、いつも味方でいてくれました。 妻の法要も終わり、義父の窪田は帰り際、満男に「良い人がいたら再婚していいんだよ」と言葉を残します。 満男は複雑な心境です。 その通りだと言う朱美と、喧嘩になります。 娘のユリにまで、「私に気を使わないでね」と言われてしまいました。 満男の新刊「幻影女子」は評判も良く、出版社からサイン会を開かないかと話が出ます。 気の進まない満男でしたが、担当編集の高野のサポートもあり開催となりました。 そして、そのサイン会で満男は、思わぬ人と再会を果たします。 現れたのは、最近も夢に見た、初恋の相手、及川泉でした。 イズミ・ブルーナ。 彼女は現在、海外で国連難民高等弁務官事務所に所属し、夫と2人の子供たちと暮らしていました。 仕事で来日中に、偶然立ち寄った本屋で、満男のサイン会を知り、顔を出します。 満男の夢は何かの暗示だったのでしょうか? 驚きのあまり、挙動不審になる満男でしたが、2人は再会を喜びます。 そして、満男は泉を、小さなジャズ喫茶に案内しました。 そのお店は、20年以上前に奄美大島で会った寅さんのかつての恋人・リリーのお店でした。 懐かしい顔ぶれが揃えば、やはり話題は寅さんの思い出話になりました。 C 2019 松竹株式会社 「なぜ、リリーは寅さんと一緒にならなかったの?リリーが振ったんでしょ」。 泉の質問に、当時のことを話し出すリリー。 「違うわ、私と寅さんは一緒に暮らしたこともあるのよ」。 リリーは以前、妹のさくらから、兄のお嫁さんになってくれないかと持ち掛けられたことがありました。 「いいわよ」と、答えたリリーに、寅さんは次の日「冗談なんだろ」と、笑いに変えてしまいます。 「伯父さんは、肝心なところで逃げるくせがあるんだよー!」。 満男の叫びも、今ではもう届くことはありませんでした。 満男は、母のさくらに会いたいという泉の願いで、柴又の実家に連れて帰ります。 「美人がこの2階に泊まるのも久しぶりだな」。 泉との再会に、さくらと博も嬉しそうです。 寅さんが連れてきた歴代の女性達の姿が浮かびます。 聞けば、泉は、老人施設に入居したという父親の面会に行くために、日本に残っているとのこと。 満男は、気の進まなそうな泉の力になろうと、車で送ってあげることにします。 泉の両親は、幼い頃に離婚していました。 父の浮気が原因です。 スナックで働いていた泉の母・礼子も、施設に顔を出しますが、相変わらず文句ばかり。 ほとほと両親に嫌気がさした泉でしたが、満男のおかげで仲直りすることが出来ました。 満男と泉は、以前結婚の約束をした仲でした。 自分の進む道を決めた泉を、引き留めることが出来なかった満男は、伯父の寅さんに似ているのかもしれません。 満男は、泉が負担に感じないようにと、妻が亡くなっていることは話しませんでした。 「寅さんに聞いてほしいよ。 明日、泉と別れる悲しさを」。 満男は寅さんを思わずにはいられませんでした。 泉の帰国の日。 「本当は。 会おうかどうか迷っていたの。 迷惑になるかと思って。 でも、会えて良かった」。 泉の言葉に「水臭い。 僕はずっと会いたかった」そう返す満男。 満男は、思い切って亡き妻のことを話します。 驚く、泉。 満男の気遣いが痛いほど感じられました。 「そういう所が好きよ」。 泉は、満男に駆け寄りキスをします。 その光景は、以前別れた時の光景と重なりました。 家に帰った満男を待っていたくれたのは、娘のユリでした。 「パパ、お帰り」。 その夜、満男は寅さんの事を思い出していました。 「満男。 困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。 おじさん、どっからでも飛んできてやるから」。 いつも見方をしてくれた寅さん。 寅さんの達者な物言いと、美しい女性の笑い声が聞こえてきます。 寅さんの周りにはいつも、笑顔があふれていました。 映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』の感想と評価 C 2019 松竹株式会社 ひとりの俳優が演じたもっとも長い映画シリーズとして、寅さんこと渥美清がギネスに認定されるほど、長年日本国民に愛され続けてきた「寅さん」。 日本の正月に「寅さん」が帰ってきました。 50年という歴史を積み上げてきたからこそ生まれた奇跡の映画です。 幼い頃から、親戚のおじちゃんのように身近に感じてきた寅さんという存在。 満男と泉と同世代の自分には、本当に心に染み入る作品でした。 泉(後藤久美子)の初登場は、1989年の42作目『 男はつらいよ ぼくの伯父さん』。 平成とともに、盆と正月に新作が出ていた「男はつらいよ」シリーズが、年末の1回の公開となり、寅さんの甥っ子で、さくらと博の息子の満男(吉岡秀隆)が物語の中心へとなっていきます。 モテるのかモテないのか、恋多き寅さんは、満男の初恋の手ほどきをするも、空回りばかり。 それでも満男と泉の関係を優しく見守り、いつでも味方でいてくれました。 「泉ちゃんとはどうなってるんだい?思っているだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ。 態度で示さないと」。 寅さんのアドバイスに「寅さんには言われたくないよ」と返す満男。 寅さんと満男のやり取りは、いつも楽しく、気の合う友達のようでした。 今作では、寅さんと満男のシーン以外にも、 数々の名場面が登場します。 さくら(倍賞千恵子)と博(前田吟)の恋のキューピットとなった寅さん。 満男の運動会に応援に行こうと張り切り、皆に嫌がられる寅さん。 自分の分のメロンがないことに、うじうじ文句を並べる大人げない寅さん。 そして、歴代のマドンナとの甘酸っぱい恋のシーン。 なんと、 歴代マドンナの数は47人!吉永小百合、八千草薫、大原麗子、桃井かおり、松坂慶子など、日本を代表する女優さんばかりです。 本作では、歴代のマドンナの中でも、寅さんと相思相愛だった リリー(浅丘ルリ子)が、登場します。 リリーは、スナックやキャバレーで歌手をしながら、各地を旅していました。 同じような堅気でない商売の寅さんとは、気が合い一緒に暮らしていたこともあります。 そんな旅人リリーが、小さなジャズ喫茶のママをしています。 リリーは、このジャズ喫茶で、寅さんの帰りを待っているのかもしれません。 寅さんとの思い出のシーンは、 どれもつい最近のことのように思い出されます。 寅さんを囲む50年の人物相関図。 柴又の人々は、本当に存在しているかのようです。 また、寅さんと言えば、 テーマ曲「男はつらいよ」です。 「生まれも育ちも葛飾柴又。 姓は車、名は寅次郎。 人呼んでフーテンの寅と発します」。 粋な口上で始まるオープニング。 今作では、 桑田佳祐が担当・出演しています。 山田洋次監督が以前から、寅さんと心情で深く重なっているのではないかと思っていた桑田佳祐へ、ラブレターを寄せ叶った演出となっています。 そして、エンディングには、渥美清の寅さんが登場です。 「顔で笑って腹で泣く。 男はつらいよ」。 気付くと、涙が流れていました。 まとめ C 2019 松竹株式会社 山田洋次監督による「男はつらいよ」シリーズ50周年記念作品『 男はつらいよ お帰り 寅さん』を紹介しました。 昭和、平成、令和と、時代が変わっても長く愛され続ける「寅さん」。 50年の歴史の集大成の作品となりました。 「困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。 どっからでも飛んできてやるから」。 寅さんは、約束を守ってくれました。 寅さん、本当にお帰りなさい。 そして、たくさんの笑いと涙と感動をありがとう。 いつまでも、 寅さんは皆の心の中で生き続けることでしょう。

次の

男はつらいよ お帰り 寅さん

男はつらいよ お帰り寅さん

『男はつらいよ お帰り 寅さん』が公開中の吉岡秀隆 - 写真:高野広美 1996年に他界した俳優・さん。 その翌年に劇場公開されたシリーズ第49作目『』から22年たった2019年に、新作『』は劇場公開を迎えた。 物語の軸となるのは渥美さん演じる寅さんの甥っ子・諏訪満男。 演じるのはだ。 久々の『男はつらいよ』の撮影現場、吉岡の胸にはある怖さがあったという。 吉岡が『男はつらいよ』シリーズに参加したのは、1981年に公開された第27作『』から。 演じるさくらと、ふんする博の息子・満男として登場し、16年に渡り同役を務めた。 監督は「満男の成長ぶりをまとめてみると実に面白い」と話していたが、吉岡にとっても『男はつらいよ お帰り 寅さん』は集大成とも言える作品になっているのではないだろうか。 [PR] そんなことを聞かれた吉岡は「正直こんなにつらい仕事はなかったですね」とつぶやく。 そこには渥美さんという存在の大きさが垣間見える。 「この作品に携わるということは、僕にとって渥美さんがいなくなってしまったということを再認識させられる仕事なんです。 渥美さんがいてくださって、僕を受け止めてくれて初めて満男という人物が成立する。 その方がいないということが、どんなことなのか見えない部分が多くて怖かったんです」と真情を吐露する。 この言葉通り、満男の側には常に伯父さんがいた。 特に1989年公開の第42作『』以降、物語に大きく関わっていく吉岡にとって、常に側にいて見つめてくれている渥美さんの存在は非常に大きなものだったというのは、容易に想像できる。 そんな渥美さんが「いなくなってしまった」というのは想像できない感覚だったようだ。 『男はつらいよ お帰り 寅さん』より - C 2019 松竹株式会社 しかし、山田監督が書き上げた台本に目を通したとき、吉岡は「山田監督自身が、寅さんに会いたいんだな」という思いが強く伝わってきたという。 そして現場にいるスタッフ、さらに倍賞や前田、、、ら共演者、そして山田監督の後ろ姿を見ていると「その先に渥美さんがいるような気がしてきたんです」と撮影を振り返る。 [PR] 「吉岡秀隆としては、渥美さんがいないという現実を知ることでつらい思いをしましたが、役者として、魂として常にそこに寅さんがいるんだという感覚を味わえたことは、とても良い経験だったと思います」 渥美さんとの思い出は枚挙にいとまがないが「かしこまってエピソードを聞かれても、すぐには思い出せない。 思い出しては消えていく」と語った吉岡。 本作でまた渥美さんに出会えた喜びと、もう会えないんだという寂しさをかみしめながらの撮影だったのかもしれない。 (取材・文:磯部正和).

次の

映画「男はつらいよお帰り寅さん」のあらすじネタバレがこちら!前売り券とキャストまとめ│Kisei

男はつらいよ お帰り寅さん

男はつらいよを映画館で見たのは初めてだった。 満男の来歴をうまく寅さんが絡むように組み立てた話には腐心が感じられた。 気兼ねせず結婚しろと諭される満男に、東京物語の紀子が重なる気がした。 泉ちゃんは棒読みに棒演技、むしろ昔のほうが上手だったが、ひとりだけ小津をやっている感じは悪くなかった。 浅丘ルリ子が山田監督に「これ以上明るくしたらやらないわよ」と言っているのが聞こえてきそうな暗がりのバーだった。 さくらも博もまだしゃんとしていたが、くるまやの上り框に介助手すりがついていた。 みんな元気でいてくれと思った。 偏屈なわたしでも労いのありがとうが出てくる仕上がりだった。 この労作にケチがついたので以下一応書いておきたい。 折しも「世界的に有名な」グラフィックデザイナーの苦言がゴシップとなっている。 ターキンのピーターカッシングではあるいまいし、ルーカススタジオを持ってくるならいざ知らず、過去場面を編集して挿入するほかに渥美清の動画はありえない。 グラフィックデザイナーの有り難い言葉を拝聴せずとも、ほぼ誰でもそこへ帰着することである。 ゆえに、それを「俺のアイデアだ」と言ってしまうとき、人の写真を貼っつけて背景をいじって、はいグラフィックでございます。 一億円です。 よしんばそれがアイデアだとしても、盗用とは穏やかではない。 蕎麦屋で話したことなら、よけい穏やかではない。 まして、ホントに世界的に有名なアーチストであるなら、とうてい世界的に有名なアーチストのする行いではない。 きっと山田監督や寅さんやくるまやの人たちが羨ましくてならないのだろう。 ネタバレ! クリックして本文を読む 満男くんより若干上の世代です。 今まで寅さんはTVでさえ見たことがなかったが、コロナ禍で家にいる間に49作品、通しで見てはまってしまった。 先月は宣言開けすぐに帝釈天に詣で、寅さんミュージアムも行ったほど。 そのため期待して、ストリーミング開始後すぐに視聴。 しかし、満足とは言えず。 せっかく20有余年を経てとらやの面々に会えるわけだから、博とさくら夫妻の幾星霜がほんわかと伝わってくるシーンが欲しかった。 冒頭からボケたの何ので喧嘩。 さくらはしかめっ面。 おいちゃんたちの思い出話も欲しかったし。 バイトだった好青年は今やカフェとらやを切り盛りしているようだけど、女房子もいてまさかバイトではなかろうし、どういう立場なんだろうとか、奥さんはあのバイトの女の子かなとか、源ちゃんもお達者なのだから、先代御前様の思い出や懐かしむ一言くらいあったらよかったし、総じてレギュラーメンバーのその後が知りたかったこちらははぐらかされた気分。 そちらに時間が取れないわけはなかったと思う。 志らく師匠とか、サイン会の551おばさんとか、出版社のセクハラ問答とか、理想的すぎる娘との会話とか面白味に欠ける部分の尺をそちらに回せば良かったのに。 そもそも寅さんはいつこの一家から消えたんだろう? 今や「お兄ちゃんが帰ってくる」ことは全く想定してない一家。 そして、泉ちゃん以外の面々も失礼ながら芝居が下手になってしまった。 さくらさんも腕の動きが邪魔だし。 満男くんには全く精彩がない。 博さんに至ってはいてもいなくても程度。 リリーさんは相変わらずうまかった。 老いてなお、いいオンナだった。 全編通して、繰り返し何度も見たのは、橋爪功扮する泉パパと満男のやりとり。 ひったくるようにして得た2万円を、めちゃくちゃにたたんでがま口にしまうところなど秀逸。 老い衰えて力を入れないと口がしまらない、ふん、と力を込めて締めた後、ふと左右を見回す泉パパの表情が、なんともリアルで哀れで滑稽で、愛おしかった。 不倫の果てに再婚した妻と、ささやかながら幸せそうだったこの男 役者は違うけど に、その後何があったのだろう。。。 と、この人の人生を見たいと思った。 山田洋次らしさを感じたのは、ここだけでした。 このシーンだけ星5つです。 ネタバレ! クリックして本文を読む 幼い頃から両親とずっとファンでした。 結婚し、いまは高校生と中学生の息子たち、そして妻も、寅さんが好きです。 「お帰り寅さん」の上映を知り、夢かと思うほど喜び、1年以上首を長くして待っていました。 最近、この映画のDVDが出るというニュースを見て、あらためて自分の中に、あの映画を見た時の感覚がよみがえり、ここにやってきました。 この映画によって、「寅さんはこの世にいないんだ」と、思い知らされることになるとは。 「寂しい」 一言でいうと、そんな感覚しか残りませんでした。 見終わって、妻と無言で帰宅しました。 懐かしいとか、そんな感覚を満たしたいなら、DVDでもBSでも再放送を見れば、それで良いです。 私はこの映画に「ああ、まだ寅さんは生きてて、まだどこかに旅を続けてるんだ」と思えるような、希望を感じたかった。 でも、この映画で、そんな期待は思いきり断ち切られ、私の中の寅さんストーリーは、まったく予想外の「強制終了」をさせられたのでした。 48作で、終わってくれていたらほんとに良かった。 蛇足 ・キャラクターが年老いていることを、ことのほか強調する理由がわからない ・泉はなにをしたかったのか。 さっぱりわからない(空港でのキスは引いた) ・寅さんを亡霊のように出現させるのは、例えば、美空ひばりをAIで復活させて、多くのファンを傷つけたのと同じように、失礼なことだと思う ・寅さんは、「気配」だけでじゅうぶん。 最後に皆がお店の入り口に向かって「おかえり」というだけでも、十分満足できたと思う 子供の頃実家の前が松竹系の映画館でした。 毎年元日は映画館のスピーカーから大音量で流れる「私、生まれも育ちも葛飾柴又... 」この音楽で目覚めるというのが自分の年始のスタートでした。 まだ幼稚園から小学校の低学年の頃はその映画館は遊び場でもあってモギリの人の座っている番台のような席より低い身長の子供は気がつかれずに劇場に入りスクリーンの前の特等席で爆睡し支配人に抱っこされて家まで送ってもらったこともあったと母親が話してました。 そんな思い出の「男はつらいよ」。 このような男の情念、哀愁はもちろん子供の私には理解できず、「こんな大人になったらおしまいだ」「なにが男はつらいだ!こんな親戚のおっちゃんいたら家族はもっとつらいぞ」 と全否定していたようです。 その後は寅さんどころか自分の家の前が東宝ならゴジラとかみれるし、東映だったら漫画祭りや仮面ライダーがみれるのによりによってなんで松竹なんてと配給会社にまで悪タレをつく始末。 その映画館も閉館となり一時期映画に対し全く興味のなかった私は寂しいという感情すら芽生えませんでした。 その後大人になった私は映画にはまり「男はつらいよ」が松竹の金字塔と当然知ることになる。 フーテンの寅のダンディズムや哀愁もわかる年齢になった。 しかし名画座がどこにでもあるわけでなく、また今更DVDでシリーズ全て見返す余裕もなく半ば諦めかけていた矢先のお帰り寅さんに心踊った。 とはいっても渥美清さんは亡くなっている。 適当な編集で安っぽい仕上がりだったらどうしよう。 流石、山田洋次監督。 自分の分身のような作品をぞんざいにするわけない。 ほぼ当時からのオリジナルキャストを起用しつつも、寅さんを知らない人でもついていける脚色となっている。 細かい部分は良しとして令和になって子どもの頃大嫌いだった寅さんにもう一度巡り会えたのは感激でした。 寅さんをどう思うかって? かっこいいよー大好きです。 周りですごくいいというので行った。 前回の部で終わりにお客さんがみんな拍手していた。 びっくりした。 こんなの初めて。 最初の語りが変な声だなと思っていたら桑田だった。 そこからそのままテーマソングを歌う。 桑田が寅さんをリスペクトしていることを感じた。 桑田の気持ちが入った歌に涙が出てきた。 オープニングの歌でこんなの初めてだ。 この歌が桑田のベストソングです、私は。 吉岡は相変わらず演技を感じさせない、空気みたいな演技。 半分以上は過去の寅さんの映像でしたかね。 昔の寅さんをダイジェストで見る感じ。 うまく表現できないけど良かった。 この回も自然とみんな拍手しました。 私も自然と拍手していました。 アカデミー作品賞でもいいと思う。 過去の男はつらいよの映像を混ぜながら現在のみつおを中心とした寅さんファミリーの現在を描いた話。 私は渥美さんが生きてた時を知らない世代なんだけど、大学の時に男はつらいよ全シリーズ見てて、まさか新作をスクリーンで見れるとは思わなかった。 隣に座ってるおじちゃん号泣してたけど、何故か私も最後は泣けたよ。 懐かしい〜!ってなって、周りのおじちゃんおばちゃんと同じ世代かのように自分が思えたよ(笑). むかしの寅さんの面白いシーンでみんながどっと笑う劇場の雰囲気が昔の映画館っぽくて、なんだか昭和にタイムスリップしたような気分でしたとさ。 過去の映像が結構多いんだけど、過去と現在の繋げ方がうまくて、山田洋次監督の寅さんへの愛を感じた。 でもさすがに後藤久美子の演技下手だったなぁ。 実力派キャストの中であれは可哀想。 ネタバレ! クリックして本文を読む 吉岡秀隆の『なんだ、夢か』っていうベタベタの台詞からタイトルにいったところで震えたの。 寅さんって、こういうベタさをうまく見せるよね。 吉岡秀隆は「こいつヘタレなことばっかり言ってんな」ってキャラなんだけど、寅さんの血をひいてる感じでいい。 それで後藤久美子に会うんだけど、ゴクミの芝居ひどいな。 ヨーロッパに行ったエリート設定だから「日本語たどたどしいのしょうがないね」って感じで逃げられてるけど。 『あのとき伯父さんは』って回想で寅さんの名シーンが入ってくるんだけど、ここは全部面白いの。 博がさくらに告白するシーンがいい。 カメラアングルもいい。 でも「三年間、あなたを見てました」ってのは今だと「ストーカー?」「キモ!」で終わりそう。 生の強い感情をぶつけるのを、今は避けるし。 しかし、さくらは走る。 いいよね。 夏木マリの出演シーンも良くて「いま、こういう湿っぽい演技する女優さんがいなくなったな」と思ったんだけど、これ、そういう脚本がなくなってんだよね。 寅さんは看板映画だから出演決まった女優さんは嬉しかったろうけど、こういう演技力を試されるような脚本やるのも嬉しかったろうな。 あとやっぱり寅さんシリーズのマドンナといえば浅丘ルリ子。 さくらが語るプロポーズを受けるところはめちゃいい。 それをあっさり流す脚本もめちゃいい。 回想の各シーンは台詞展開がすごくて「山田洋次すげえ!」と思った。 あれを書けるのは尋常じゃない。 本編ストーリーは、まあ、なんだかどうでもいいやって感じで終わったけど、回想が楽しいからいいかな。 上映終了間近と知り滑り込んだ。 アメリカンニューシネマの産湯につかった私なので、松竹映画や男はつらいよシリーズに強い思い入れがある訳ではないが、そこそこ観てはいるので自分なりに落とし前をつけるべきかと。 結果、観て良かった。 50周年記念の今作。 光雄(吉岡秀隆)やさくら(倍賞千恵子)たちの回想により過去の映像を散りばめた。 渥美清の寅さんがよみがえった。 ストーリーはいたってシンプル。 光雄が初恋の人、泉(後藤久美子)と再会し、過去の記憶をたどる。 泉への、そして寅さんへの思いが溢れた。 個人的には泉のヨーロピアンスタイルのキッスにドキッとした。 私にとってのベストシーンだった。 ラストは葛飾柴又の『ニューシネマパラダイス』。 これ絶対やりたかったやつ!光雄のカットの挿入はいらんかったが。 まず、私は寅さんシリーズを一回も観ていません。 なのに泣いたり笑ったり最後は涙が溢れて止まりませんでした。 寅さん(渥美清さん)がもういないということを知っているからこそ、余計に胸が締めつけられる思いでした。 冒頭の桑田さんのオープニングですが、最後まで見終わってしまえば大して気にならないものでした。 なので桑田さんが嫌だからという理由でこの映画を観ない、鑑賞しないことは全くもって「もったいない」です。 それだけでこの映画に低評価をつけるのか分かりません。 私もまた冒頭やだな…と思い敬遠していたものでしたが、見終わってむしろ今回は違う人でなければいけなかったように思いました。 寅さんの甥っ子の満男さんを主人公に寅さんに関わった人達が回想していくという構成です。 寅さんの言葉の端々が温かく、時には劇場全体を笑わせていました。 その一体感も非常に心地よいものでした。 シリーズを観ていないと分からないところ(ん?どうしてみんな笑っているのかな?)というところもありましたが、気にならないくらい非常に面白い映画でした。 近年の日本映画の中ではトップクラスの面白さです。 残念なのは高齢の鑑賞者が多いために、ネットでのレビューや評価が伸び悩んでしまうところでしょうか。 こんなに素晴らしい映画を何故評価しないのか、非常に疑問です。 お隣さん、地元の人達との何気ない会話、温かい家族の温度、 何より忘れてはいけないのが、寅さんという存在。 温かい思い出を沢山残して今もどこかを旅しているのでしょう。 私はこの映画を観て、寅さんにすごく会いたいと思いました。 自分の辛いこととかを話したい、そして寅さんが満男さんにしていたように、ぽんっと背中を押して欲しい。 満男さんの 「ここに叔父さんがいてくれたら」 という言葉が胸にグサグサと刺さってくるのです。 寅さんの生き方は満男くんに受け継がれているようです。 どんな風に受け継がれたのか。 是非劇場に足を運んで欲しい。 お年寄りが多くても怯まずに観て欲しい。 きっと最後には温かい涙が流れて止まらなくなっているでしょう。 観客は、渥美清さんが出ていないのは百も承知で、観に行きました。 ノスタルジーもあるかもしれないけれど、「男はつらいよ」への変わらぬ期待感を持って。 皆で大笑いして、うんうんとうなずいて、ほろりときて、「さあ、明日からまたがんばりましょう」と伸びをして席を立つのが、「男はつらいよ」。 それを大前提に作られたなら、渥美さんが出ていなくても、「ああ、「男はつらいよ」だ」と言えたはず。 感想は、「これもなかなか…」となれば最高ですが、「やっぱり渥美清は偉大だな」となっても、観客としては、それはそれでよかったのです。 しかし本作は、「男はつらいよ」とはまったくの別物でした。 NHKBSのほうにあえて礼儀も(センスも)ないタイトルを付けたくせに、「贋作」のほうが真作に近いという皮肉。 山田監督はこの映画を誰のために作ったのでしょうか。 観客のためでしょうか、自分自身のためでしょうか。 「先生、俺のことを意識しすぎなんだよ。 それに、インテリだから難しいことばっかり考えたがるんだろうけどさ。 今度はもうちょっと、観客の身になって作ってやってくれよ。 俺もお盆には映画館に足を運べるからさ」.

次の