石屋製菓 売上。 石屋製菓、「白い恋人」など1万円相当のお菓子を5,400円で販売 送料込み、売上の一部を寄付

お菓子メーカー売上高ランキングTOP10|現況や地方の企業も紹介

石屋製菓 売上

石屋製菓の場合 国内企業によるブランドマネジメントの取り組みを紹介する本連載。 今回は北海道の銘菓「白い恋人」で知られる、石屋製菓(札幌市)によるコーポレートブランディングの取り組みを紹介する。 2008年に新たな企業ロゴなどを導入し、商品開発の強化や販路の拡大に取り組む同社の課題とは。 本記事はに掲載されたものです。 観光需要増加とともに土産物の定番として成長 1976年の発売以来、北海道の銘菓として長く親しまれてきた「白い恋人」で知られる石屋製菓。 売上の7割を占める「白い恋人」のほかにも、チョコレート菓子の「美冬」、バウムクーヘンの「白いバウムTSUMUGI」、「白い恋人」と同様にホワイトチョコを用いた「白いロールケーキ」などを製造・販売している。 販路は北海道内の直営店、百貨店内ショップ、500店舗ある道内の特約店と空港が中心だ。 道外でも主要百貨店などが主催する北海道物産展への出展、成田空港・羽田空港といった国際線のギフトショップでも販売してきた。 現在では銘菓のイメージが強い同社だが、1947年の創業時は政府委託のでんぷん加工業を営んでいた。 その後、ドロップや駄菓子の製造に携わるものの、1960年代には大手菓子メーカーの製品が北海道にも流通するように。 価格競争に巻き込まれない付加価値の高い製品づくりを目指す中で、徐々に高級洋菓子の製造を主軸とした現在の事業へとシフトしていった。 やがて1972年の札幌オリンピック開催をきっかけに、北海道の観光地としての人気が高まっていく。 それに合わせて、土産物用銘菓の需要が拡大していった。 この流れの中で生まれた商品が、ホワイトチョコをラングドシャクッキーでサンドした「白い恋人」だ。 ホワイトチョコは当時、日本国内で人気を集めていたお菓子であり、クッキーで挟んだのは手を汚さずに食べられるようにという配慮から。 「白い恋人」という印象的なネーミングは、詩を書くのが好きだったという創業者の石水幸安氏がスキーをしている時、降ってきた雪を「白い恋人たち」と表現したのがきっかけだ。 「藍色をベースに雪の結晶のデザインをあしらったパッケージが今では『白い恋人』の象徴となっているが、お菓子といえば白いパッケージが主流だった当時としては斬新なデザインだと言われていた」と代表取締役副社長の石水創氏は説明する。 製品の次は「企業」のブランド力強化を目指す 近年は1995年に本社敷地内に集客・観光施設として「白い恋人パーク」をオープンしたほか、96年から現在まで地元のJリーグチーム「コンサドーレ札幌」のスポンサーも務めるなどさまざまなブランディング活動に取り組んできた。 そのような中で2007年に賞味期限の不正表示といった一連の不祥事が発覚する。 コンプライアンス対応を強化した上で08年には新たな企業ロゴマークをお披露目するなど、改めて「ISHIYA」ブランドを再生し、広めていくための活動をスタートさせた。 「白い恋人の認知度は全国で98%と非常に高いものの、まだまだ企業名の認知度は低い。 北海道内ではスポット、番組枠ともにテレビCMなどを実施するほか、店頭でも新たなロゴマークなどの浸透を図っている。 さらに2年前に専門部署として「商品開発室」を設置。 これまでの洋菓子製造に長けた職人の技術とともに、ネーミングやパッケージ、販促活動を含む戦略的な商品開発をより強化していきたいと考えている。 「日本のお土産」の定番へ、道内需要の喚起も課題に (左から)商品開発室課長の鴨川靖司氏、代表取締役副社長の石水創氏、製造部資材課係長の伊藤隆広氏。 直近では東日本大震災による観光需要の減少が見られたものの、商品の売上は横ばいで推移している。 注目すべきは、チャネル別の売上構成比が変化しつつある点だ。 「成田や羽田など国際線のギフトショップにおける売上が伸びている。 将来は海外進出も視野に入れつつ、国内での需要喚起も重点課題となっている。 シリーズ「ブランドマネジメントの今」•

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「石屋製菓」のニュース一覧: 日本経済新聞

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北海道のお土産市場で圧倒的存在感を出し続ける「白い恋人」 ホワイトチョコレートブームが誕生のきっかけ 石屋製菓は、1947年に石水幸安氏が創業。 もともとは駄菓子を開発・販売する会社だったが、徐々に国民の所得が上がるにつれ、消費者の嗜好は駄菓子よりも高級菓子へ移っていった。 駄菓子事業が思うようにいかなくなり、高級菓子の事業へ方向転換することになったのだ。 高級菓子作りを始めてから、さまざまな商品を開発していたそうだが、なかなかヒット商品を作りだすことができず、泣かず飛ばずの時期が続いたという。 そこで同社が考えたのは、ホワイトチョコレートをクッキーで挟んだ商品、つまり「白い恋人」だった。 「当時(70年代前半)、世間ではホワイトチョコレートが大流行していました。 そこでは『手を汚さず、ホワイトチョコレートを上品に食べることができる商品を作れば売れるのではないか』と考えたのです」(同社) 開発する上で、課題になったのはクッキーとチョコレートのバランスだった。 2つを組み合わせた場合、どうしてもクッキーの味の方が強く出てしまうのだ。 それでは人気のホワイトチョコレートの魅力を生かせない。 生地が薄いラング・ド・シャならクッキーの味が勝ってしまうことはない。 また、さまざまなクッキーを試す中、食感などの面でも相性が一番良かったという。 ただ、ラング・ド・シャは生地が薄いかわり、割れやすくデリケート。 お土産品として致命的な欠点ももっていた。 同社は、これを独自の製造方法により解決する。 「通常、このタイプの商品を作るとき、重ねた2枚のクッキーの間にチョコレートを流しむという方法で作ります。 しかし、クッキーよりもすこし大きめのチョコレートを作り、後でそれをクッキーで挟むという方法で作ることにより、通常よりもクッキーが割れにくい商品ができ上がるのです」 関連記事• ジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、人気企業・人気商品の裏側を解説する連載。 今回は「平牧三元豚」などのブランド豚で有名な平田牧場について読み解く。 31年前に福岡で創業したラーメンチェーン「一風堂」の成長が止まらない。 国内外で出店攻勢をかけているのだ。 1年間で約3600ものラーメン屋が閉店に追い込まれる激戦市場において、なぜ一風堂は顧客に選ばれ続けているのだろうか。 日本で最初の明太子メーカーが、福岡市中洲に本社のあるふくやだ。 創業すぐに明太子の販売を始めたが、実に10年間も鳴かず飛ばずだったという。 そこからいかにして明太子は福岡の名産品にまで育ったのだろうか。 甘い香りに誘われて、ついついビアードパパのシュークリームを買ったことがある人も多いのでは。 その理由は……。

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「石屋製菓」北海道にこだわる全国区の土産菓子「白い恋人」

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こんにちは。 totです。 白い恋人、話題になった新聞広告 2017年、白い恋人で有名な北海道が本社の石屋製菓が東京に進出しました。 進出したのは、銀座の新しいランドマークとなったGINZA SIX。 しかし、石屋製菓の代名詞である白い恋人はGINZA SIXでは販売されていないようです。 石屋製菓としては、白い恋人に関しては、北海道で買っていただきたいという強い想いがあるのかもしれません。 これに対して、石屋製菓が新聞広告を通して非常に洒落のきいた文章を出しております。 それが以下です。 「(白い)恋人は(北海道に)置いていきます」は (右)、「置いてきました」は (左)。 対になっててしゃれてます! — 読売新聞社広告局 yomiojo 北海道新聞上では「白い恋人は置いていきます」 読売新聞上では「白い恋人は置いてきました」 と購読者を考えて、広告掲載を行っています。 ただ…普通にアマゾンで白い恋人売ってるんですけどね。

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