金田 正 一 球速。 金田正一がMLBに行ってたら「球速160キロで200勝はできた」歴代投手との比較

金田正一氏 球速180km説を確かめる記者に「200kmかな」|NEWSポストセブン

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「ワシの現役時代は180kmは出ていたからな。 * * * ワシの眼鏡にかなうピッチャー? 最近は記録どころか、記憶にも残らない選手ばかりだからな。 逆立ちをしても無理だよ。 諸悪の根源は、先発、中継ぎ、抑えと分業制が確立されたことに尽きる。 なぜワシが400勝できたかというと、後ろのピッチャーなんて信用しなかったからじゃよ。 そんな分業制の中で、ここ数年、先発完投を増やしている菅野(智之、29)。 今の球界で最もワシに近い存在は、強いて言えば菅野だろうな。 最後まで誰にもマウンドをゆずらんという気概があると感じるのよ。 技術面では、昨年から左バッターに投げ始めた、外角からストライクゾーンに入るスライダー。 あれに手を出せるバッターはそうそうおらん。 その点で菅野に勝るピッチャーは他に見当たらんね。 狙ったところに投げる能力は、ワシより上だと思うことすらあるよ。 じゃが、菅野はコントロールを駆使して抑えるが、ワシの場合はド真ん中に投げたって打たれなかった。 水面に投げた石がぽんぽん跳ねるようなイメージで、空気を滑って伸びたからな。 ど真ん中に投げたストレートが高めにググーッとホップして5㎝外れたボールだと言われて、審判と大喧嘩になって退場を喰らわされたこともあった。 あんな球を投げられるピッチャーは二度と出てこんよ。 加えて引力を利用してストンと落ちるカーブもあったから、どんなバッターもワシには手も足も出んかった。

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「ワシの球速180km」金田正一氏、最もワシに近い存在は菅野|NEWSポストセブン

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気になるところから読む• 金田正一さんのプロフィールや経歴 プロ野球の投手として唯一の400勝を達成した元ロッテ監督の (まさいち)さんが6日、急性胆管炎による敗血症のため東京都内の病院で86歳で亡くなりました。 写真は2018年2月、宮崎市であった巨人OB戦に参加したときのものです。 生年月日は1933年8月1日、出身は愛知県中島郡平和村(現在の稲沢市)で、享年86歳。 身長は 184cm、体重は 73kgで当時の年代にしてはかなり大柄な方だったことがわかりますね。 少年時代は 「電柱」「割り箸」とあだ名をつけられていたそうです。 同級生の間でも目立っていたに違いないですね。 投球と打席は 左投げ左打ち。 名古屋市立大曽根中学校在学中に野球を始め、名古屋電気学校、享栄商業高等学校中退を経て、1950年にプロ入りします。 1950年〜1964年まで国鉄スワローズに、1965年〜1969年まで読売ジャイアンツに在籍し、1969年10月18日に現役を引退しました。 約20年間の現役時代には数々の記録を残しています。 金田正一さんの記録については次の項で詳しくご紹介させていただきますね! 現役引退後はロッテオリオンズ監督を2度(1度目は1973年〜1978年, 2度目は1990年〜1991年)つとめており、1974年には前期リーグ優勝と日本一を達成しています。 その他 千葉ロッテマリーンズ取締役や、 日本プロ野球名球会会長(代表幹事、同社代表取締役社長)を2009年12月3日まで務めていました。 金田さんは 生涯に2度結婚を経験しており、 息子さんは現在俳優をしています。 写真は2014年、グラウンド上で笑顔を見せる金田さん(右)と長嶋茂雄さんです。 2019年10月6日現在、金田さんは以下の日本記録を保持しています。 通算最多勝利• 通算最多敗戦• 通算最多奪三振• 通算最多完投• 通算最多イニング• 通算最多対戦打者• 通算最多与四球• NPB史上最年少ノーヒットノーラン達成• 沢村賞3回受賞 さらっと見るだけでもすごい経歴ですよね。 今でもスター選手はたくさんいますが、金田さんが現役を引退てから50年間これらの記録が一切破られていないのが驚きです。 一つずつ詳しく解説していきますね! 金田正一の偉大なる記録その1 : 通算最多勝利 金田さんはプロ入り2年目の1951年に22勝をあげると、その後14年連続で20勝を記録。 1963年6月30日に別所毅彦さんの持っていた記録を抜いて通算311勝でプロ野球歴代1位となりました。 1969年10月10日の中日戦で、日本プロ野球史上唯一の通算400勝を達成。 14年連続で20勝って凄まじい記録ですよね。 また、それと同時に通算298敗の最多敗戦記録も持っています。 たくさん投げていれば負けることもあるのは当然ですよね。 それでも、勝率およそ6割で勝ち越しているのは本当にすごいです! 金田正一の偉大なる記録その2 : 通算最多奪三振 金田さんは現役時代に日本プロ野球通算最多の4490奪三振を達成しています。 1951年〜53年、55年、56年、58年、59年、60年のシーズンで最多奪三振を記録。 約10年間はほぼ毎年の勢いで、向かうところ敵なし!と言った感じですね! 1962年には通算3509奪三振を達成し、大リーグのウォルター・ジョンソンの持つ記録を破りました。 ちなみに通算与四球は1808で、こちらも最多となっています。 金田正一の偉大なる記録3 : 通算最多完投 さらに、通算最多365完投を達成しています。 完投ということは先発してゲームの最後まで投げ続けるということですよね。 19年間で1年平均約20試合投げ続けており、金田さんが登板した時はほぼ毎回完投していたことになりますね。 左腕の状態を維持するため現役時代は絶対に冷やさないようにするなど、かなり左腕のケアには気を配っていたと言われています。 史上最も完投していますので、それに比例して投球イニングも多いですね。 金田正一の偉大なる記録5 : 通算最多対戦打者 さらに、歴代対戦打者は通算最多の22078打者。 同じリーグの打者全員と10回以上は対戦していることになるんですかね? なんかもうすごすぎてわけがわからなくなってきました。 笑 金田正一の偉大なる記録6 : 史上最年少ノーヒットノーラン達成 金田さんはプロ入り2年目の1951年9月5日の対大阪戦でノーヒットノーランを達成しています。 18歳35日での達成は史上最年少で、昭和生まれ初の達成ということでも話題となりました。 金田正一の偉大なる記録7 : 沢村賞3回受賞 金田さんは1956年〜57年に3年連続で沢村賞を受賞しています。 3年連続、3回受賞の記録は今後もなかなか破られることはなさそうですね。 金田正一の偉大なる記録8 : 完全試合 さらに、1957年8月21日の中日戦では完全試合を達成しています。 前日に下痢になってしまい体調不良の中での登板だったそうですが、そこで完全試合をしてしまう金田さんのすごさがわかるエピソードですね。 しかも達成直前の9回1アウトで、ハーフスイングの判定を巡って中日が猛抗議したため43分間の中止があったにもかかわらず、金田さんは集中力を切らさずその後2人を完璧に封じ、大記録を達成したのだそうです。 ちなみに左投手で完全試合を達成したのは、現在にいたるまで 金田さんただ一人となっています。 (2019年10月現在) スポンサーリンク 金田正一の球速は本当に時速180キロ出ていた? 大谷翔平(当時日本ハム)のホッペを触る金田さん。 イイ写真である。 — 鴨々川 iipdsdg6jsgfjxb 金田さんは生前、自身の投球についてインタビューにこう答えています。 「現役時代の球はどれぐらい速かったのか」の問いに、金田さんは 「180キロは出ていたんじゃないか」と言ったそうです。 は?180キロ?? と記者が思ったかはわかりませんが、金田さんに「もう一度お願いします」と聞き返したそうです。 もし金田さんの言うことが本当なら、現在と比較しても時速10キロも早いスピードが出ていたことになりますよね。 いくら歴史的投手だとしても時速180キロはさすがに 「えー?ウッソー!」と疑ってかかる人がほとんどじゃないでしょうか? ご年配の方によくある、昔を振り返っては「わしの若い頃は〜」と武勇伝を盛り気味に話すやつですね。 (失礼) 当時はスピードガンなど計測する機械がなかったので、本当に180キロ出ていたのかどうか真相についてはわかっていません。 一部ネットでは過去に 中京大学が金田さんの投球動画を映像解析して155キロ超だと算出していたという情報がありました。 180キロよりずっと現実的な数字ですが155キロでも十分速いですね。 あまりに球速が速いのでバッターが 「前から投げているんじゃないか」と物言いをつけるほどで、メジャーでマウンドの距離を測り直したら普通だったなんて逸話もあります。 184センチの長身から投げ出される金田さんの投球は、バッターたちにとっては驚異的なスピードだったに違いありませんね! スポンサーリンク まとめ 今回は、10月6日に死去された歴史的投手の金田正一さんについてご紹介しました。 現役時代の19年間に数々の記録を打ち立てており、その多くは金田さんが引退した後も50年間破られていません。 これからも偉大な選手として後世に名を残し続けるでしょう。 金田正一さんの生前の功績を称えるとともに、ご冥福を心よりお祈りいたします。

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金田正一 球速と制球どちらが大事?に「バカな質問するな」|NEWSポストセブン

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生ける伝説、400勝投手・金田正一氏と、球界きっての理論派・桑田真澄氏の対論が再び実現した。 まずは、このテーマから火花が散った。 金田:投手にとってスピードとコントロールどちらが大事か? バカモン、そんなバカな質問をワシにするんじゃない。 当然スピードに決まっているだろう。 そもそもワシはコースなんか狙ったことはない。 狙っても球が速すぎて、弾けてどこかに行ってしまうんだ。 ど真ん中に投げるコントロールはあったから、ど真ん中を狙って、あとは勝手にコーナーに曲がっていく。 それで64イニング連続無失点(日本記録)だ。 桑田:すごい話ですね(笑い)。 金田:逆にいえば、コントロールだけでプロで生きるのは厳しいんだよ。 だが桑田は、それで生き延びた稀有な例だな。 お前は案の定、「コントロールが大事」というんだろう? だから最近のプロ野球は小さくまとまってしまうんだ。 桑田:僕は金田さんとは違って、背が高いわけでも、体力があったわけでもありません。 剛速球投手ではないから、確かに、アウトローへのコントロールが生命線でした。

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