様子 を うかがう。 伺う(ウカガウ)とは

伺う(ウカガウ)とは

様子 を うかがう

顔色をうかがう人度合い診断 以下の質問に答えることで顔色をうかがう人度合いが分かります! Q1. 人からの評価を気にする方だ。 相手を怖がっていることがある。 相手の気分に合わせることが多いと思う。 愛想がよい方だ。 ずるい人だと思う。 遠慮がちな方だと思う。 何かを企んでいることがよくある。 言い訳することを考えていることが多いと思う。 人と仲良くやりたい方だ。 Q10. 八方美人だと思う。 Q11. 相手の本心を探っていることが多いように思う。 Q12. 親切心があると思う。 Q13. 相手を心からは信頼していないと思う。 該当個数1-2・・顔色をうかがう度合いは少ないでしょう。 該当個数3-4・・顔色をうかがうことが割合あるでしょう。 該当個数5以上・・顔色をうかがうことが多いでしょう。 顔色をうかがう人の特徴 人からの評価を気にする 人からの評価を気にすると顔色をうかがってしまうわね。 顔色をうかがう人の特徴の一つは「人からの評価を気にする」です。 「人から自分は良い人であると思われたい」「自分のことを気に入って欲しい」と人からの評価を気にする人は、どうしても良い人であろうと意識するものです。 良い人であるためには、相手が望む人であることが必要になります。 結果として、相手の顔色をうかがいながら、相手が望むことに応じることを意識するようになるでしょう。 相手を怖がっている 「相手を怖がっている」のは顔色をうかがう人の特徴の一つです。 の中には、子供が勉強しなければ怒り出し、暴言を吐いたり八つ当たりする人もいるものです。 時には暴力ということもあるでしょう。 このような状況下でを歩んでいる子供は、母親を怖がるようになるでしょう。 結果として、顔色をうかがう事が習慣となるでしょう。 相手の気分に合わせる 相手の気分に合わせようとすると顔色をうかがってしまうな。 顔色をうかがう人の特徴の一つは「相手の気分に合わせる」です。 相手の様子が気にならない人は、自分のペースで行動したがるものです。 などはまさにそうでしょう。 基本的にまず自分ありきです。 一方、まず相手ありきの人もいます。 そのような人は相手の様子がとにかく気になるのです。 相手に合わせて行動することが習慣になります。 例えば、食事に出かけるために友人を誘ったとしましょう。 自分ありきの人は、自分が行きたいお店を選んでそこを提案するでしょう。 一方、相手ありきの人は、相手の顔色をうかがい、相手の気持ちが乗ってくるお店を選択するでしょう。 愛想がよい 「愛想がよい」のは顔色をうかがう人の特徴の一つです。 顔色をうかがう人は愛想がよい人が多いものです。 基本的に相手の気持ちを考えて行動するタイプなので、相手の気分を損ねるような態度や言動をすることはないでしょう。 ですから、いつも愛想よくしているものです。 自分の周りの凄く愛想がよい人は、もしかすると相手の顔色を常にうかがっている人かもしれません。 ずるい人 こちらの様子を観ながらせこせこ動く人は苦手だな。 顔色をうかがう人の特徴の一つは「ずるい人」です。 相手がの時は高圧的な態度になるのにも関わらず、相手が強気な人の時にはスグに服従するタイプの人がいないでしょうか? このように相手の顔色をうかがいながら、緩急をつけるタイプの人は基本的にずるい人でしょう。 誠実な人は、顔色をうかがい相手の状況に応じて相手に強気に出たり、弱気に出たりすることはないでしょう。 遠慮がちな人 「遠慮がちな人」は顔色をうかがう人の特徴の一つです。 自分のことよりも相手のことを優先して考える遠慮がちな人がいます。 ちょっと優しすぎるタイプの人かもしれません。 相手に合わせるためには顔色をうかがってしまうものです。 何かを企んでいる 顔色をうかがう人の特徴の一つは「何かを企んでいる」です。 相手と交渉をする必要がある時は、相手の顔色をうかがうものです。 これは誰しも経験のあることではないでしょうか? 相手の顔色を判断の材料にして、うまく交渉しなければ、まとまる交渉も決裂してしまう可能性があります。 ですから、相手の様子を観ながら、押すべきところは押し、引くべきところは引くことになります。 いつも率直な人が顔色をうかがっている時は、何か企んでいるのかもしれません。 言い訳することを考えている 「言い訳することを考えている」のは顔色をうかがう人の特徴の一つです。 「いたずらをして怒られることを察知している子供」「テストの点が悪くて親から小言を言われることを予測している学生」が親の顔色をうかがうのは誰でもわかるでしょう。 子供や学生に限らず、言い訳をしようとする人は相手の顔色を見て、こちらの出方を探ろうとするものです。 仲良くやりたい 人と仲良くやりたい人も顔色をうかがう人が多いと思うわ。 顔色をうかがう人の特徴の一つは「仲良くやりたい」です。 相手の人と仲良くやりたいと思えば、自分の主張ばかりをしているだけでは駄目でしょう。 お互いギブアンドテイクが必要になります。 相手が困っていることがあれば助けたり、悩み相談が必要であれば、話を聞くことも必要になるでしょう。 このようなやり取りを上手にするためには、相手の様子をうかがうことが必要になるものです。 八方美人 「八方美人」は顔色をうかがう人の特徴の一つです。 「周囲のどの人からも良く思われたい。 」「人から嫌われたくない。 」と思う八方美人タイプの人は相手の表情を見ながら、こちらの対応を変えるものです。 相手が怒っていればこちらの主張を抑えたり、相手の様子を観ながら調和を重んじるものです。 相手の本心を探っている 相手の本心を探ろうとすれば、相手の顔色をうかがってしまうね。 顔色をうかがう人の特徴の一つは「相手の本心を探っている」です。 相手がこちらの顔をうかがっている時に「こちらの気持ちを探っているな?」と思う事はないでしょうか? 例えば「〇〇だと思うんですが、どうですかね?」と言いながらこちらの顔を観ている人はいないでしょうか? このような人は、顔色をうかがいながら、こちらの本心を探っているものです。 親切心がある 「親切心がある」のは顔色をうかがう人の特徴の一つです。 相手の気持ちを探っている時は、悪いことを企んでいる時ばかりではないでしょう。 などは、相手に対して親切心を抱いています。 このようなタイプの人は、相手の顔色をうかがいながら相手が望んでいることを探りだし、それに対して応えようとする時もあるでしょう。 相手を心からは信頼していない 相手を心から信頼できなければ、自然に顔色をうかがってしまうわ。 顔色をうかがう人の特徴の一つは「相手を心からは信頼していない」です。 自分がと話をする時には、相手の顔色をうかがうことはないでしょう。 それは、相手を心から信頼している証です。 自分が相手の顔色をうかがっている時は、心の中で僅かながらでも緊張感があるものです。 それは相手を100パーセント信頼しきれていないところから来るものではないでしょうか? 無意識に相手の顔色をうかがっているとしたら、それはまだ完全に心を許している相手ではないと考えて良いでしょう。 まとめ いかがだったでしょうか?顔色をうかがう人の特徴は以下になります。 人からの評価を気にする・相手を怖がっている 相手の気分に合わせる・愛想がよい ずるい人・遠慮がちな人 何かを企んでいる・言い訳することを考えている 仲良くやりたい・八方美人 相手の本心を探っている・親切心がある 相手を心からは信頼していない 顔色をうかがうケースには良い場合、悪い場合どちらもあるでしょう。 身の回りにこちらの顔色をうかがっている人がいたら、どちらの場合なのか?ジックリ考えてみると良いかもしれません。

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【あたりの様子をうかがう】の例文集・使い方辞典

様子 を うかがう

伺うと窺うと覗うの違い 伺うと窺う覗うの違いを分かりやすく言うと、 伺うとは目上の人に尋ねること、窺うと覗うは穴からのぞき見るように様子を見ようとすることを意味しているという違いです。 一つ目の「伺う」は「目上の人に聞く、質問する、目上の人のもとを訪れる」という意味を持つ謙譲語です。 「お噂はかねがね伺っております」では聞くの意味、「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」では質問するの意味、「今から伺います」では尋ねるの意味で、それぞれ伺うという言葉が用いられています。 二つ目の「窺う」と三つ目の「覗う」は「穴や隙間などから隠れて見る」ことを意味する言葉で、ニュアンス的な違いはありません。 どちらの字も常用漢字ではないので一般的にはひらがなで「うかがう」と表記されます。 大元の意味は「小さな穴を通じて、相手に見つからないように見る」という意味ですが、壁に耳を当てて隣の部屋の様子を知ろうとすることも「うかがう」と言われます。 壁に耳当てて隣の部屋の様子をうかがうことは、聞こえてきた音から部屋の状況全体を推測することです。 このように「うかがう」には「一部から全体を推測する」「表面的な物事からその奥にある物を推し量る」という意味の「うかがう」もあります。 例えば「熱心な練習からは意気込みのほどがうかがわれる」というような使われ方をします。 また「それとなく探りを入れる」という意味でも「うかがう」という言葉は使われることがあります。 例えば「顔色をうかがう」と言われれば、相手の反応を見ながら探り探り話をするというような状況を思い浮かべることが出来ます。 伺うの意味 伺うとは、 聞く、質問する、訪ねるなどを意味する謙譲語を意味しています。 謙譲語は文法的な役割の一つで、目上の人に対して使い、相手を尊重すると共に自分は謙遜するという意味合いを含む言葉です。 伺うは謙譲語の中で、相手の話を聞く、相手に質問をする、相手の場所を訪れるなどの意味を持つ言葉です。 例えば「お話を伺いたく存じます」では聞くという意味、「お伺いを立てる」では質問するという意味、「今からお伺いすることは出来ますでしょうか」では訪問するという意味で「伺う」という言葉が使われています。 伺うは、「聞く」や「尋ねる」や「訪ねる」の謙譲語です。 知らない人に道を尋ねる時に、「ちょっとお尋ねします」と言うことがありますが、謙譲語を使って表現すると「お伺いしたいのですが」などとなります。 ちなみに、聞くの対義語・反対語の言うには、謙譲語として「申す」がありますが、質問に答えることや、客人を迎えることには特別な謙譲語の表現はありません。 「ご返答する」や「お迎えする」などを使います。 時々、「お」「ご」を付けると全て尊敬語になると考えて、「ご返答いたします」や「お電話差し上げます」は自分を敬っているようでおかしいと思う人がいますが、それは間違った考え方です。 「お」や「ご」は丁寧さを表す接頭辞なので、謙譲語にもなります。 伺うの伺の字を使った別の言葉としては、貴人のそば仕えをすること、そこから転じて目上の人の機嫌をうかがうことを意味する「伺候」(読み方:しこう)、目上の人の機嫌を伺いながら何かを申し上げることを意味する「奉伺」(読み方:ほうし)などがあります。 窺うの意味 窺うとは、 のぞき穴から見るように、こっそりとさりげなく見ることを意味しています。 窺うは覗うと全く同じ意味で、さらにどちらも常用外の漢字なので普通はひらがなで「うかがう」と表記されます。 ただし国語辞書では窺うという表記の方が使われ、覗うを載せていないものもあります。 「うかがう」は小さな穴からこっそりと見ることを意味します。 窺うという言葉に使われている窺の部首は「穴」(読み方:あなかんむり)であることからイメージしてみて下さい。 小さい穴から見ることが出来る範囲は狭く、得ることが出来る情報はごく僅かなものです。 のぞき穴からこっそりと見る人は、僅かな情報から全体像を想像しなくてはいけません。 そのため「うかがう」という言葉は「一部から全体を推測する」という意味を持つようになりました。 例えば「様子をうかがう」とは、態度としては控えめに観察することですが、何をしているかと言えば、手がかりを集めて状況全体を想像、推測しているのです。 また「一部から全体を推測する」という意味が独立して、視覚以外の意味を持つようにもなりました。 例えば聞き耳を立てることなども「うかがう」と表現することが出来ます。 窺うの類語・類義語としては、物陰や小さな穴などから見ることや、高所から下を見ることを意味する「のぞく」などがあります。 のぞくは漢字で窺くと書くこともあります。 窺うの窺の字を使った別の言葉としては、視野狭窄なこと、無知なことをを意味する「管窺」(読み方:かんき)、物事の様子をうかがい知ることを意味する「窺知」などがあります。 繰り返しますが、窺という字は常用外漢字なので、仕様する際は注意するようにして下さい。 覗うの意味 覗うとは、 のぞき穴から見るように、こっそりとさりげなく見ることを意味しています。 覗うは窺うと全く同じ意味で、さらにどちらも常用外の漢字なので普通はひらがなで「うかがう」と表記されます。 ただし、国語辞書では「うかがう」を引くと、覗うを載せていないこともあります。 覗うの除の字は、むしろ「のぞく」という言葉を漢字で表記する時に使われます。 やや古い文章では、「覗き穴」や「覗き眼鏡」、「覗きからくり」などの言葉が使われたりしています。 「のぞく」も「うかがう」と同様に、小さな穴から見ることを意味します。 うかがうの場合にはこっそりと見るというニュアンスがありますが、「のぞく」は望遠鏡や双眼鏡を通して物を見ることに使われる傾向があります。 前述した「覗き眼鏡」は、江戸時代から明治初頭あたりまで親しまれた玩具です。 長崎での外国との貿易で凸レンズが輸入されたことをきっかけにして、レンズ越しに拡大された絵をのぞきこんで楽しむ玩具でした。 覗きからくりはそれを祭りの屋台などで楽しめるようにした、大型のもので昭和の40年頃まで一部では使われていたものです。 また「うかがう」にはないものとして、「のぞく」には「高所から下方を見る」という使う方があります。 「例えばテトラポットの上から海面をのぞく」などのように使われます。 伺うの例文と使い方.

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様子って英語でなんて言うの?

様子 を うかがう

機械人間はこういって、じッとあたりの様子をうかがっているのだった。 海野十三『超人間X号』 より引用• と、小兵衛が井筒屋の手代へ〔こころづけ〕をわたし、文蔵と共に外へ出た。 濠端 ほりばたに立ち、あたりの様子をうかがっていた横山正元が近寄って来た。 正元は右手に傘、左手に提灯を持ち、太い棍棒を腰に差し込んでいる。 … 池波正太郎『剣客商売 13 波紋』 より引用• 玉子丼はたしかに旨かった。 念入りにあたりの様子をうかがってから、私も続いて中に入った。 入って右手には達磨ストーブが置かれて暖かかった。 … 森見登美彦『有頂天家族』 より引用• はだしで走ったって、けがなんかする道理もないですよ。 走りながらあたりの様子をうかがうと、この上もなく地上が明るいわけがすぐに見てとれます。 風のやつは木の葉や垣根の小枝をもむしりとって田んぼの畦うち、道の側のくぼにはきこんでくれているのです。 … 東峰夫『オキナワの少年』 より引用• ペンキ工の機関大尉は、暗がりの中をとことこと歩いていった。 あたりの様子をうかがいながら、狭い廊下の角をいくつか曲った。 そしてやがて辿りついたのは、飛行島の舷だった。 … 海野十三『浮かぶ飛行島』 より引用• やがて彼女の口がゆっくり開き、そこから、リトル・ピープルが次々に出てくる。 彼らはあたりの様子をうかがいながら、用心深く一人、また一人と姿を現す。 老婦人が目を覚ませば、彼らの姿を見ることはできたはずだが、彼女は深く眠り込んでいた。 … 村上春樹『1Q84 BOOK1』 より引用• 周明徳は、そういう岩のひとつに立った。 周明徳は、あたりの様子をうかがってから、懐から一枚の白い布を取り出した。 手を伸ばし、周明徳は、その白い布を、崩れた廟の軒先に縛りつけた。 … 夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ二』 より引用• 兵馬も侍女の肩ごしに、渡り廊下や、あたりを鋭く見まわしつつ、ささやきつづけた。 つまり二人は、たがいの肩ごしに、あたりの様子をうかがっていることになる。 兵馬のささやきが終った。 … 池波正太郎『剣客商売 18 番外編 黒白 下』 より引用• 敵は、この王宮の中心、その地下に潜んでいるに違いないからだ。 雷は首を左右にめぐらしながら、あたりの様子をうかがった。 電子眼が、光学的情報のみならず、周囲の湿度分布、温度や大気組成の濃淡、風向やその強さまでも瞬時に読みとってゆく。 … 川又千秋『天界の狂戦士』 より引用• まるで街中の人人に聞きつけられそうなほどの大きな音だった。 僕は鍵を鍵穴に入れたままの格好でしばらくあたりの様子をうかがったが、誰かがこちらにやってくるような気配はなかった。 誰の声も誰の足音も聞こえない。 … 村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 2』 より引用• ぼくは、そんなに長いこと、眠っていたんだ。 軋 きしむ胸に、息を吸いこみ、ピエールはあたりの様子をうかがってみた。 風は北西からで肌寒く、太陽の具合からすると昼過ぎであることはわかった。 … 久美沙織『ドラゴンクエスト5 第2巻 文庫版』 より引用• 英策は女を背中にかばったまま、あたりの様子をうかがったが、別にその跡を追いかけて来る影もない。 高木彬光『顔のない女』 より引用• 彼は躯をおこすと〈宇宙館〉の前へ歩いていった。 明りのささないところに立ってあたりの様子をうかがった。 … ナポレオン・ソロ・シリーズ『15 スラッシュ株式会社』 より引用• たぶんこのときの私は、映画『シャイニング』のジャック・ニコルソンのような形相ではなかったか。 私は不満げに席を立ち、明るい通路にでて、あたりの様子をうかがうと、やはり冴えない表情ばかりが目につく。 皆、陰々滅々としている。 … 里中哲彦『鬼平犯科帳の真髄』 より引用• 私は、それに気づいた。 あっという間に一階まで下りて、あたりの様子をうかがった。 夜が明けたばかりで、他の囚人たちは、みんな眠っていた。 … ヴィドック/三宅一郎訳『ヴィドック回想録(1)』 より引用• ちょっと頭を切り換えなければ。 おれはクールな気分になって川から足を引き抜き、油断なくあたりの様子をうかがった。 幸いあたりには百姓しかいない。 … 町田康『パンク侍、斬られて候』 より引用• 額にはビッショリ汗がうかんだ。 私はもう一度、座敷へもどってあたりの様子をうかがうと、電気を消して納戸へかえった。 腕時計を見ると九時ちょっと過ぎだった。 … 横溝正史『金田一耕助ファイル01 八つ墓村』 より引用• 彼の幔幕の中には側近の武者数人が寝ていた。 彼はしばらくあたりの様子をうかがっていたが、やがて静かに立ち上がると、その太刀を持って外に出た。 淡い月の光の中に人影があった。 … 新田次郎『新田義貞(下)』 より引用• 木立の中に、また人の気配がした。 これは、呼吸をつめてあたりの様子をうかがっていた者が、と見て、行動をおこしはじめたからであった。 小たまは、尚も呼吸をつめている。 … 池波正太郎『火の国の城 上』 より引用• 自分は育子に脅威を感じているのだから仕方がないという意見である。 和田は自分のあとをつけている者がいないかどうかあたりの様子をうかがいながら、タクシイを拾える道路に出るまで歩く。 そういう人物は見当らない。 … 川上宗薫『感度の問題』 より引用.

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