13 トリソミー 寿命。 13っ子の集まり: ハルカ ナ イノチ ノ キセキ

ダウン症候群(21トリソミー)

13 トリソミー 寿命

お腹の中の赤ちゃんに先天性の病気がないか、妊娠した女性の血液で調べる「新型出生前診断」が2013年4月から始まって1年。 「13トリソミー」を始め、「ダウン症」(21トリソミー)や「18トリソミー」など3つの先天性の病気の可能性を知ることができ、手軽で流産の危険もない検査として広まる一方、「命の選別」につながるとして議論を呼んでいる。 松永さんは主治医として朝陽くんを支えながら、その家族や障害児を持った他の家族たちを丁寧に取材。 昨年末に2年間の記録を(2013年小学館ノンフィクション大賞)として上梓した。 私たちは生まれてくる命とどう向き合えばよいのか。 子どもの生死を見つめてきた松永さんを訪ねた。 ただひたすら命を救うため、19年の間1800人もの子どもたちの体にメスを入れきたが、一度だけ、子どもの命を見放したことがあったという。 「18トリソミー」の赤ちゃんだった。 今でこそ、全国の病院に新生児集中治療室(NICU)が設置されて増床しているために風向きは変わりつつあるが、当時、致死的染色体異常を持った赤ちゃんへの医療行為は優先順位が低く、「いたずらに命を引き延ばすだけの過剰な医療」と考えられていた。 「13トリソミー」と「18トリソミー」の赤ちゃんはダウン症と比べて障害が重く、1歳を超えて生きられるのは1割に過ぎないからだ。 そうした短命の「障害新生児の生命倫理」とは、どうあるべきか。 同時に、障害を持った子どもを受け入れるとはどういうことなのか。 松永さんは医師になって四半世紀を経てもなお、解答を得られていなかった。 致死的染色体異常を持つ赤ちゃんを受け入れるということは、その子の死を受け入れることにも等しい。 「自分の心の中にはずっと、そういう子どもたちにどう接していいかわからないという気持ちがありました。 ですから、朝陽くんの主治医になってほしいと言われた時、僕はお母さんの胸のうちを思いを聞いてみたかった。 朝陽くんを自宅で育てながら、何を思っているのか……」 トリソミーの赤ちゃんの命を二度も見放してはいけない。 いや、もう一度そんなことをしたら自分は医者ではなくなってしまうとさえ思った。 『運命の子 トリソミー』より そんな医師としての思いもあった。 朝陽くんの主治医を引き受けた松永さんは、初めて朝陽くんの家庭を訪れた時、意表を突かれた。 朝陽くんの臓器の多くは奇形だ。 無呼吸発作を起こす危険もある。 痰が詰まったり、脳が十分に発達していないために「呼吸せよ」という信号が伝わらない場合があるのだ。 そのため、ぬいぐるみが置かれた朝陽くんのベビーベッドの周囲には、酸素や心拍数がわかるモニターや痰の吸引器、小型冷蔵庫ほどの大きさの酸素供給装置が備えられていた。 痰の吸引は、母親の桂子さんが1時間に1度の頻度で行う。 昼夜なく、朝陽くんに徹夜のケアをしていた。 しかし、松永さんが驚いたのは、そんな在宅介護の過酷さではなく、それを受け入れている家族の日常だった。 お父さんの展利(のぶとし)さんはギターを弾くのですが、朝陽くんを抱っこする時はギターを抱えるみたいに自分の体と一体化していた。 もうあらためて話を聞くことはないんじゃないのかなと思うぐらい。 ただ、お母さんの桂子さんも愛情は深かったのですが、どこか躊躇している部分がありました。 会話を重ねて、桂子さん自身がその答えを得られるまで家庭訪問をしようかなと思いました」 松永さんは、展利さんと桂子さんたち夫婦、朝陽くんの兄にあたる長男、そして祖父母にまで、朝陽くんが生まれてからのことを丁寧に聞いていった。 『運命の子 トリソミー』では、誕生直後から生死の境をさまよい、多くの障害を持った朝陽くんを自宅に引き取るまでが丹念に描かれる。 朝陽くんの誕生を楽しみにしていた長男は、展利さんからこう聞かされた。 赤ちゃんは、口の形が変わっていて、黒目のところがグレーなんだ。 髪の毛がちりちりで可愛いんだよ、左手の指は六本もあってすごいんだよ。 男の子か女の子か、まだわからないんだ。 でも、男の子かな。 手術すれば、治るところもあるんだけど、手術しても治らないところもあるんだよ。 『運命の子 トリソミー』より 長男はうつむき、やがて涙を流し始めたという。 悩み、不安、パニック。 松永さんが目にしたのは、さまざまな感情を乗り越えた先にたどり着いた朝陽くんと家族の日常だった。 松永さんは桂子さんに、朝陽くんを自宅へ連れて帰ってよかったですか、と尋ねている。 桂子さんはこう答えた。 それはもう当然です。 家に帰って願いが叶った訳ですから。 用意していた服も着せてあげられたし、家族もそろったし。 もし、一度も家に帰れなくて、あのままNICUで命を落としていたら、私は立ち直れなかったと思います。 朝陽くんと家族が生きていく上でのヒントになるかもしれないという思いもあったが、松永さんはこう話す。 「大風呂敷を広げるようなのですが、障害児を抱えるということは、障害児が生まれた家庭だけの問題ではありません。 そういう子どもが生まれたら、ご家族にとってはすごく不条理に感じる。 実際、介護はすごく大変ですから、障害児を育てる母親の苦労は、普通の母親とは桁違いです。 不条理の苦しみ以外の何者でもない」 「でも、よく考えてみると、人って人生の中で、そういうわけのわからない不条理な苦しみに遭うことがある。 対人関係でもそうだし、仕事のことでも、家庭内のことでも、どうしてこんなに不条理を抱えるのか。 そういう時、新しい価値観を構築することでしか、克服することができない。 障害児の家庭だけに限らず、人は生きていく上で苦しいことを受け入れて乗り越え、いま自分が置かれている状況に承認を与えてその世界で生きていく。 人生って、そういうもんじゃないかなと僕は思っています」 障害を持った子どもたちの家族には、それぞれの人生にとっての幸せが確かに存在した。 そんな確信を得ながら松永さんが取材を続けていたところ、にわかに報道され、話題になってきたのが、「新型出生前診断」だった。 途中からこの問題を避けて通れなくなりました」と松永さん。 「出生前診断には、光と影の部分があります。 一概に悪いとはいえません。 出生前診断によって、赤ちゃんが持っている病気が生まれる前にわかることがある。 病気がわかれば、妊婦さんに大学病院へ入院してもらい、産科と小児外科の医師があらかじめスタンバイします。 帝王切開で生まれた赤ちゃんをそのまま隣のオペ室で手術をすることができるのです」 しかし、一方で松永さんは「僕は、出生前診断で陽性判断が出た場合の選択的人工妊娠中絶について、否定的な考えを持っています」とも語る。 現在、簡単に検査できるとして普及している新型出生前診断に疑問を抱く。 「命の選別」につながりかねないからだ。 「新型出生前診断という言葉はかっこよく聞こえますが、言い換えれば『ダウン症中絶検査法』じゃないですか。 ダウン症だったら中絶したいといって検査を受ける。 それは、あまりにもつらいことです。 その検査を受けて、あなたの子どもは90%以上の確率でダウン症ですといわれ、さらに羊水検査を受けて確定したら、ほぼ全員が中絶に進みます」 「しかし、人工妊娠中絶がどれだけ母親にとって苦痛をともなうものか、一般の人は知らなさすぎると思います。 中絶は確実に母親の心と肉体を苦しめるものです。 ダウン症の子どもを生まなという生き方も苦痛でしょう。 自分の子どもを中絶して幸せになれるとは思えません」 松永さんは桂子さんに、出生前診断をどうとらえているのか、率直な疑問をぶつけたことがある。 桂子さん自身も、朝陽くんが生まれてからなぜ検査を受けなかったのかと何度も聞かれたという。 「受けない」というのが桂子さんの返事だった。 知ったところで、朝陽くんの命を絶つ選択肢はないからだ。 「展利さんは、朝陽くんのここを触ればこういう反応が返ってくるとか、そういう自分の経験に基づいた知識を得ていました。 それは、ネットや本の情報からでは得られないものです。 最近、気づいたのですが、医者には医学知識しかないし、看護師には看護知識しかない。 でも、親は親のプロなんです。 障害児は障害児のプロ。 プロの集団だから初めてチーム医療ができるわけです」 障害児や障害児の家族は孤立しがちだ。 「でも、人間は孤立しては生きていけないし、孤立することも不可能です。 人はひとりで生きられない。 共生することが大事です。 そういう生き方は障害をもった家族ほど、大事ですよね。 たとえ、身近にそういう人たちがいなかったとしても、知ってほしいと思います。 怖いのは無知です、無知が偏見を呼ぶし、偏見は人を殺すことになりかねないですから」 2013年2月21日は、朝陽くんの2歳の誕生日だった。 誕生から死と隣り合わせで生きてきた朝陽くんとその家族にとっては、奇跡のような日に違いない。 松永さんは朝陽くんが2歳8カ月を迎えた時点で、『運命の子 トリソミー』の筆を置いている。 その後の朝陽くんがどうなったのか、松永さんは伝えたくないという。 「僕は朝陽くんがこの1カ月後に亡くなったというようなことは言いたくない。 2歳8カ月の時点で、朝陽くんは生きています。 最初、僕は本の最後に朝陽くんが亡くなる場面を書くのかと思っていました。 でも、そうはならなかった。 だから、あくまで朝陽くんが生きた記録として、この本を世に送り出しました」 人生って案外難しいですよね。 生きていくってそんなに簡単なことじゃない。 だから普通に家族が揃って笑っていられることが、一番の幸せなんだと思います。 『運命の子 トリソミー』より 2歳の誕生日を迎えた朝陽くんを抱いた、桂子さんの言葉だ。 どんな命も生きることは難しい。 しかし、だからといって、幸せになれないわけではないのだ。 「命の選別」を超えたところに、その答えはあるのかもしれない。 ハフィントンポスト日本版は。

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ダウン症候群(21トリソミー)

13 トリソミー 寿命

日本小児科学会専門医。 2002年、慶応義塾大学医学部卒。 神奈川県内の病院・クリニックで小児科医としての経験を積み、現在は神奈川県横浜市のなごみクリニックに院長として勤務。 内科・小児科・アレルギー科を担... 赤ちゃんに起こる染色体異常の一つに「13トリソミー(パトー症候群)」があります。 最近は、妊娠中の出生前診断で判明するケースがよくあります。 これから赤ちゃんが生まれる、もしくは生まれたばかりのママやパパにとっては、気になる病気ではないでしょうか。 今回は13トリソミーの原因と症状、予後についてご説明します。 13トリソミー(パトー症候群)とは?原因は? 一つの細胞には、遺伝情報を伝達する染色体が46本あり、2本1組で23組に分かれています。 13トリソミーは、通常、23組あるうち13組目の染色体が1本多くなり、47本になることが原因で起こる疾患です。 疾患を報告したパトー博士の名をとって「パトー症候群」とも呼ばれます。 染色体が1本多くなる原因については、はっきりしたことがわかっておらず、細胞分裂するときの突然変異によるものだと考えられています。 遺伝的な影響はほとんどなく、偶然に起こるものとされますが、母体の年齢が上がるほど発生リスクは高くなります。 関連記事 13トリソミー(パトー症候群)の治療法は? 現在のところ、13トリソミーの根本的な治療法はありません。 赤ちゃんの状態を見ながら、両親の意向を汲んで気管切開・酸素投与・胃ろうなどの在宅医療が行われることがあります。 心臓や脳に奇形などの疾患を持って生まれた場合には、容体が急変することも多いので、入院を続けて経過観察することになります。 心臓や脳の疾患が軽度で、赤ちゃんの容体が安定していれば、口蓋口唇裂や多指などの手術を行うこともあります。 赤ちゃんの容体が安定すれば、退院して自宅でケアを行うことも可能になりますが、いつ異変が起こるかわからないので、ママやパパが病院と連携を取りながら育てていくことが不可欠です。 13トリソミーと診断されたら、医師ともよく話し合って 13トリソミーの赤ちゃんは、残念ながら長く生きられる確率が高くありません。 赤ちゃんの状態によって個人差はありますが、治療をしても予後が期待できない場合もあります。 ママやパパにとってはつらい選択を迫られることもありますが、正解があるわけではありません。 できる限りの手を尽くして治療を行うのか、無理に延命措置をしないようにするのかなど、家族や医師とよく話し合いましょう。

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「13トリソミーの子」と家族に寄り添う医師、松永正訓さんに聞く

13 トリソミー 寿命

13トリソミー 染色体異常)について知識が無かった私は、障害を持って生まれた命は、家族を苦しめ一家に不幸をもたらす存在だと思っていました。 もしお腹の赤ちゃんに障害が見つかり目が見えない、耳が聞こえない、自力でミルクを飲むこともできなかったとしたら・・私は、目の前が真っ暗になり現実を受け入れることは難しいのではないかと思っていました。 そして障害によっては、在宅介護(看護)や短命である事実を受け入れなければいけないのです。 手術で治る部分もありますが、先天性障害の多くは、現代の医学では治りません。 ダウン症(21トリソミー)より症状が重い13トリソミー、18トリソミー 13トリソミーや18トリソミーの赤ちゃんは21トリソミー(ダウン症)の赤ちゃんと比べて障害が重く、1歳以降も生き続けられるのは1割り程度。 2万人のうちの一人、1万5000人のうちの一人、8000人に一人、3000人のうちの一人と言われても自分が当事者になるなんて想像していません。 誰の身に起こっても不思議ではありません。 そして35歳以上の高齢出産はリスクが高いこともはじめて知りました。 13トリソミー(バトゥー症候群) 生後1ヶ月以内に半数以上が、お空に旅立ちます。 生まれてくる5000人〜15000人に一人の割合 18トリソミー(エドワード症候群) 生まれてくる8000 人に 1 人の割合 21トリソミー(ダウン症候群) 生まれてくる3000人に 1 人の割合 医療従事者の目線から書かれた1冊を読みました。 読んでも自分自身の答えが見つかるわけではありません。 本に登場する朝陽君のお父さんは、朝陽くんのお誕生日を機にネット検索をしないようになったそうです。 理由は、「知識としてでなく、実在する人間として目の前にいる」からです。 親として、目の前にいる子どもを育てている・・お父様の言葉が、この本のすべてです。 ネット情報で、ネガティブな感情になり命を選別すべきでは、無いと思いました。 分からないことや知らないことには、不安や恐怖がつきまといますが、ただ1ついえることは、かけがえのない命に障害のあるなしは無関係ということです。 しかし自分に置き換えても心のどこかで、目をそむけてしまう自分がいます。 当事者のご家族でないと分からない感情がありますが、新型出生前診断について深く考えさせられました。 13トリソミー(パトウ症候群)とは? ダウン症には21トリソミーという別名があります。 21番目の染色体異常をあらわしています。 18トリソミー(エドワード症候群)は、18番目の染色体異常。 そして13トリソミーは、13番目の染色体異常をあらわしています。 13トリソミーは、パトウ症候群やDトリソミーと呼ばれており、多指、単眼症、口蓋裂、口唇裂、高口蓋、頭蓋骨部分欠損、頭皮部分欠損、小頭症、などの脳奇形がみられ精神遅滞も重度です。 出産にいたるのは、4%ほどで96%は死産か流産。 出生しても生後1ヶ月以内に80%が死亡し平均生存率は12. 母親の年齢が高いほど発症リスクが高まります。 両親に原因があるわけではなく誰でもどんな夫婦でも、13トリソミーPATAU パトウ症候群)は、起こり得ることです。 大半の両親は、妊娠中13トリソミーを知った瞬間、「ショックだった」「絶望感」「恐怖」「元気に産んであげられなかった自分にたいして」「自分のとこはそうならないと思っていた自分を呪いたい」と自分に腹を立てたり自責の念にとらわれたり悩みを相談できずに孤立する母親も多いようです。 染色体異常トリソミー 染色体異常(トリソミー)には、1トリソミー2トリソミー、3トリソミー、4トリソミー、5トリソミー、6トリソミー、7トリソミー、8トリソミー、9トリソミー10トリソミー、11トリソミー、12トリソミー、13トリソミー、14トリソミー・15番長腕トリソミーの症例もあります。 トリソミーとは、1本多く染色体があることを意味します。 13トリソミーは、13番目の染色体異常です。 生まれた赤ちゃんには、心臓の奇形や脳の障害が見られます。 うまれて1週間9割が1年以内にお空に旅立ちます。 だから今、今日、明日という毎日が「命とのたたかい」です。 13トリソミーで生を受けたお子様の成長を綴ったブログを読ませていただきましたが障害を持って生まれた子は、健常の子を愛おしむ親の気持ちには変わりがありません。 健常者の子を持っていると「カワイソウ」「気の毒」「大変そう」という思いにかられますが、何をもって不幸や幸せを決めるのか、まw理がとやかく言う必要はないのです。 新型出生前診断によってこの世に生を受ける前に命の選別をされる赤ちゃんもいます。 短命だから、重度の障害だから、不幸と同義語ではありません。 生まれてこないほうが良い命なんて無いですし。 中絶したとしても苦しんでその選択が良かったのか悪いのか永遠に正解なんて見つからないと思うのです。 子ども(赤ちゃん)によって障害の状況が違います。 体温調整がうまくできない子泣くと心臓発作を起こしてしまう子口から物を食べられない子成長しても歩くことができない、知能の発達遅滞が見られる子・・治らないこと・・そして生まれたその日から生きることと戦わなければいけない子、いろいろです。 22週前にわかった場合、95%が中絶という選択をしています。 13トリソミー パトウ症候群) のブログ 健康な赤ちゃんを授かった私とは、くらべものにならないくらい壮絶な育児・・産まれた日から「明日は、峠」といわれながら親も子も毎日いっしょに戦っています。 1日でも長く一緒にいたいずっと一緒と願うのは、障害のあるなしにかかわらずどんな親も抱く感情です。 重い障害を抱えながら、体全体で必死に生きようとする命に生まれてきてくれてありがとうと感謝する家族の声を読みながら産む産まないの選択肢は、家族の考え方によって決まるし誰も何もいえないことです。 喜怒哀楽に一喜一憂する親としての感情は、まったく同じなのです。 その子が、存在していることで得られるしあわせ、親としてその子を愛するキモチや愛情は、注ぐ愛情は、変わらないんだとうことが今回私が少しだけ理解できたことでした。 (それまでは、可哀相な子という思いしかなかったし漠然と家族が大変という気持ちしかありませんでした。 母体が高齢だと染色体異常のリスクは、高くなります。 そのため出生前に検査を受けて中絶するという選択肢もあるけれど産まれた命には、言葉で書ききれないほどのきらめきや尊さがあります。 実際に生まれる前に障害があるからと決めつけられて命を選ぶという考えが正しい正しくないとは一概には、言えません。 13トリソミーの赤ちゃんを出産され育てていらっしゃる方のブログを読ませていただきました。 13トリソミーであっても18トリソミーであっても子どもがいとしいこの子で良かった産まれてきてくれてありがとう・・あなたの生きてる毎日が幸せ。 親に幸せをもたらさない命なんてないと思いました。 18トリソミー はるの 「」の著者は宇井千穂さんの職業は、お医者さま。 旦那さま(パパ)も奥様(ママ)共にお医者さんです。 39歳から不妊治療をはじめて、42歳のときにKLCに転院。 KLCは、不妊治療最後の駆け込み寺と呼ばれている加藤レディースクリニックで念願の赤ちゃんを授かります。 しかし妊娠中お腹の赤ちゃんに18トリソミーの疑いがあることを告げられ遺伝子検査を受けることになります。 検査の結果18トリソミーであることが判明したものの「もし羊水検査をしていたら?」でも「この子は強い子、運の良い子」18トリソミーは弱いんじゃなくて強いと自身を奮い立たせるような文面に感動させられました。 患者の家族であり我が子を心配する母である自分が投げかけた言葉が、医療従事者だからこそ「扱いにくい患者の家族」と思われたんじゃないか?後悔するくだり・・いたたまれない気持ちになりました。 お父様とお母様は皮膚科と内科なので婦人科や小児科の専門ではありません。 そして職業としての知識はあるからこそ「どうして?」という思いもあっただろうし夫婦が選択していく様々な問題にも真っ直ぐに立ち向かっておられます。 早産で出産したはるのちゃんは、超低出生体重で先天性染色体異常(18トリソミー)だったために入院中も鎮静で眠らせるかdo not resuscitate(尊厳死)という選択肢もつきつけられたようです。 本を読みながら障害がある無しにかかわらず、生まれた我が子は愛おしく、たった15ヶ月の命だったかもしれないけれど、強くたくましく優しいお母様お父様に愛されてお空に旅立つ日まではるのちゃんは、とても幸福だったんだろうなと思わずにはいられませんでした。

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